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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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決戦、の11

 犯人はよく現場に戻ると言うが、あながちそれもフィクションや都市伝説の類ではないらしい。(やつ)の靴に仕込んだGPSで現在位置を特定出来るタグは、「あっちのでかい公園」の周囲をぐるりと一周した後、動きを止めた。

 

 警察を警戒して、用心のためにやつら(アニマル・キラー)が車で公園を一周したのだろう、と、くがねは言った。

 この公園に来ている警察車両が、見えているだけで三台。夜中に回る赤いパトランプは行動の善悪を問わず、否応なしに警戒感を煽ってくる。サイレンこそ止まったものの、回転の止まない赤色灯に、くつろいでいたはずの住宅地がざわついていた。寝間着姿の住人が家から出てきて、口々に不安げなさざめく声をたてている。

 ホームレスたちが、公園を訪れた警察官たちに職務質問をされているのが遠目に映る。警察は昨日の事件現場になった公園に犯人たちがいることをまだ知らない。


 「犯人もわかってる。この際、僕らも警察に協力を依頼するなんてことは――」

 念のため、くがねの方を見て、問いかける。 

 

 正気か?冗談にもならない。


 打診の途中で、言葉を切られる。

 予想通りとはいえ実にそっけない答えだ。


 アニマル・キラーだけは、あたしたちの手で白黒をつけなきゃならない。そこに不純物を混ぜる気なら、あたしは不純物ごと取り払う。


 緊張したこちらの表情を読んでか、「抜けるのなら、今よ?」と、くがねがすかさず釘を刺してくる。

 少し躊躇した後「誰が」短く答える。


 付き合うさ、もう僕だけの問題じゃない。


 くがねの服には数多の武器が隠されている。相当の重さがあるはずなのに彼女の動きは軽快そのものだ。スマートフォンしか携えていない自分よりもその動きは速いし、物音もほとんど立たない。並走する風彦同様、彼女は猫かなにかが化けているのかと疑いたくなるほどだ。

 そういえば、と、くがねが走りながら話しかけてきた。ちょうど公園を抜け、赤色灯の光が塀に反射する横路地に入った瞬間だ。


 「あんたの母親、凄い人だよ。あたしがこの服をどう使うのか、よくわかってるみたいだ」


 「どこにでもいる、普通の母親だと、僕は思っているけれどね」


 「普通、ね」ふふ、とくがねは嗤った。まるで「普通」が彼女の中で同居していない他人でもあるかのような言いようだった。


 普通、はいいよね。 


 あんたには、話しておいた方がいいかもしれない。


 「今追ってる犯人は――風彦が言うにはだけど、あたしたち共通の仇らしい。それは、この服の元々の持ち主の仇ということなんだけれど」

 

 同一犯ってことなのか?そんな偶然が?走りながら、切れ切れに、返す。


 そう、と、くがねは頷いたようだった。走ることに必死なこちらとすれば、どこかで足を止めて考える時間がないかぎり、彼女が本当に欲しいだろう言葉を上手く導ける自信はなかった。

 テニスの壁打ちよろしく、おそらくくがねは僕に気の利いた返答など求めてはいないのだろう。

 だから走る足も止めないし、こちらを振り返るような真似も決してしない。


 彼女(くがね)は誰かの意見が欲しいのではなく、自分の得心を第三者を交えた体で、ただ消化したいだけなのだ。その作業が彼女の心に必要だから、彼女は自分の中で自分なりの咀嚼をする。仮に何か返したとしても、風に飛ばされれば訊き返すこともなく流すことだろう。


 つまらないことが気になった。


 母親のことを彼女は凄いと言った。では僕は彼女からどう見えているのだろう。


 「普通」か、あるいは「そうじゃない」のか。

 

 彼女(くがね)が凄いと評した僕の母親が「無茶をしそうなら体を張って止めなさい」と僕に対して言った言葉が、いまさらながら思い返される。

 母親は、くがねのことを僕よりも理解できているような気がした。

 女同士だからだろうか?

 それとも、同じ年の頃の娘がいた母親だからだろうか。


 そうこうしているうちに、「あっちのでかい公園」が視界に入ってきた。


 ここまでついてきてしまった以上「壁打ち用のただの壁」にでもできることを考えなければならない。体中に緊張が走る。

 


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