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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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決戦、の8

 小川の水が比較的綺麗で、それで新鮮な藻が生えているのかもしれなかったが、立ち上がって、岸に戻るには単に邪魔な存在でしかない。水に濡れた体を引きずっていると、差し出された手に気づく。

 「大丈夫、ではなさそうだが」

 くがねだ。どうやら今しがた到着したらしい。こちらにしてみればようやくのお出ましといったところだ。

 「もう、佳境かもしれない。多分、犯人で間違いないと思う。今、(あいつ)が追ってる」

 くがねの差し伸べた手に、手を伸ばす。が、こちらの言葉を聞いたくがねはすでに数歩下がって、次の瞬間には小川を飛び越えようとしていた。

 「無理だ。何メートルあると思ってるんだ」

 こちらの言葉が終わらないうちに、くがねの体は僕の真上を勢いよく跳んでいった。

 派手な音とともに、向こう岸に着地する。


 本当に飛び越えちまうんだもんな。


 感嘆の言葉しか出ない。そのまま何もなかったように走り出すくがねを、行き先のなくなった伸ばした手と交互に見比べた。


 「大丈夫かお兄ちゃん」

 そう声をかけてきたのは丸眼鏡をかけたホームレスのうちの一人だ。年の頃は父と大差ないくらいか。段ボールを服のように着込んでいるのは、多分に相手の銃対策でのことだろう。眼鏡が被弾したのかひびが入っている。

 「大丈夫です、そちらの方こそ、怪我とかはなかったですか」角のない言葉遣いを心がける。

 あんちゃんのおかげで、なんとかな。

 助かったよ。あれが噂に聞く「ホームレス狩り」ってやつか。俺ぁ初めて遭った。

 ホームレスとは言え、実際こうして話してみると、なんの険も感じない人たちだ。

 彼らの足元でキーマンとクールガイが互いを讃えるように「にゃあにゃあ」と鳴いている。

 ようやく騒ぎに気がついた付近の住民のざわめきと、遠くから来るパトカーのサイレンの音が耳に入ってきた。

 

 こうしてはいられない。(あいつ)と、くがねを追わなければ。

 川に落ちたときに足を捻ったのだろう。急に右足に痛みが出る。

 太ももを軽く数回叩いて、小川の向こう岸へ歩き出す。もと来た道を戻り、また橋へと向かう。

 無理はしない方がいい、と言ってくれる親切なホームレスたちに一礼してその場を去る。キーマンとクールガイが、付き添ってくれた。


 多分この辺だったはずだ。スマートフォンのライトを点けて周囲を見渡す。公園に入ったとき急な展開で動転していたが、これを使えば灯りもカメラの問題も解消されたはずだった。あらためて自分の機転のなさを再認させられる。

 猫を放り投げた先の川岸は、芝生と露出した地面がまだ濡れた状態で、追うことのできる痕跡があった。小山のあたりまで行くと、そこら中に血の飛び散った跡が残っていて、緑の芝生の色を赤く染めあげていた。

 首輪が落ちていた。

 それはピンクの首輪で、金のイルカがワンポイントのアクセサリーになっている。ベルトの穴が伸びきった状態で切れていることから、無理矢理引きちぎられ、捨てられたのだろうと推察できた。

 キーマンが、なー、と鳴いた。この首輪について何か教えてくれているのかも知れないが、鳴き声だけではなんとも判断ができない。ミイコのつけていたものだろうか。

 血痕がついた芝を辿る。出血がはなはだしい。流れた血で、道が出来ている。

 血は、駐車場の方まで続いていた。

 (あいつ)は、大丈夫なのだろうか。この血がやつのものでなければいい、と心から願った。

 

 駐車場に辿り着くと、そこには、くがねと風彦が、茫然と立ち尽くしていた。エンジンがかけっぱなしになっていた黒いワンボックスカーはすでにない。

 奴らは、すでに逃げおおせたのだ。猫の姿も、そこには見当たらない。血痕も、ここで途切れていた。


 顔面蒼白のくがねが、僕に気付いて、震える唇で呟いた。

 「あいつら、見つけ出したら、殺す!」

 くがねから発する気炎は、本気をゆうに通り越したものだった。


 アイツらは、私と風彦の仇かもしれない。


 殺意が、夜の公園を重苦しく包み込んでいく。


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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