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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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決戦、の6

 火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、人間は思わぬ時に自分では想像もつかないようなことをする瞬間がある。俗にいう「奇跡」と呼ばれるものは、そういったことが歴史上で幾度も積み重ねられていったことが人々の記憶に色濃く残った結果なのかもしれない。

 一心不乱に放り投げられた猫は、その奇跡とやらに乗っかってか、ほぼ正確に黒づくめのリーダーの逃げる後頭部へと着地した。すかさず猫が鋭い爪を奔らせる。

 相手が折よく浅い川を渡り終えた直後だ。張り詰めた気がわずかに緩慢になったタイミングを見事に突いた強襲だった。カットしていない猫の爪は凶器だ。甲高い悲鳴が上がる。

 猫を投げて勢い余った僕は、小川へと続く緩やかな下り勾配に体勢を保つことができず落水した。

 少し離れた場所で黒づくめの残り二人が、クールガイ、キーマン、それとホームレスらに追われる格好で、小川の中に飛び込んでいくのが見えた。這々の体といった逃げ方から、彼らの戦意がすでにそこなわれているのがわかった。

 あとはミイコを奪還できれば、とりあえずこの場は凌げる。

 現実的に今の状況でやれることはした。駐車場でエンジンがかけっぱなしにされていた黒い車のナンバーを押さえておけばなお良かったが、今となっては後の祭りだ。(あいつ)に託すより方法が浮かばない。


 体幹がしっかりしているのだろう、男の性格とは反比例して、きっちり仕上げられた身体が繰り出す膂力は凄まじい。猫一匹の体など、気を抜いた途端に弾き飛ばされる勢いだ。

 ミイコは抵抗するでもなく、抱えられた腕の中でグッタリとしている。すでに気を失っているのかもしれない。

 男の安い香水の臭いが鼻について、噛みつきと引っ掻きにも集中できない。どうにかミイコだけでも男から引き離さなければ。


 やむを得ない。

 

 公園にふたつある小山はどちらも普段短い芝で覆われていて、頂上まで登ると二階建ての民家よりも少しばかり高い位置で周囲を一望できる。()()()()()()()小山の方には人が登りやすいように二か所対角線上に段がつけられていて、子供や親が風景を楽しめるスポットになっている。()()()()()()()()()()()()もうひとつの小山には階段などはしつらえられてはおらず、ただ一面芝生だけが覆っている。以前公園を見渡した剣桃子が首を捻っていたもうひとつの小山だ。


 男は暗がりの中、車までの道をひた走っていた。鬱陶しい三毛猫を振り払おうと大きく左腕を振ると、さっきまではなかったはずの傾斜に足をとられて芝生の上に頭から突っ伏した。

 暗がりで道を間違えたのかと、最初は思った。遠くにあったはずの小山のひとつが目の前にそびえている。ゴーグルの上から目元をこする。何度かこの公園には下見に来ている。この小山は、本来この位置にあるはずのものではない。いや、しかし実際小山は目の前にある。

 男は苛立ち紛れに舌を打った。

 それどころじゃねえんだよ、と吐き捨て、水浸しで気持ちの悪くなった足をどうにか奮い立たせる。転んだ拍子に手放した三毛猫のメスを再びつかもうと手を伸ばした。


 刹那、緑色の靴を履いた三毛猫が、二本の足ですっくと立ち、行く手を阻む。


 「二本足で、猫が立ってるだと!」男が驚きでうわずった声を上げた。


 「そう、それこそが初見での正しい反応だ!」


 猫が、したり顔で、笑う。


 

 

 

 



 

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