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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
7/100

猫らしきものが家にやってきた、の3

 夏の暑さはいよいよもって苛烈なものになってきていた。最近の傾向なのか、青空がくっきりと見えているのに不意に空を渡ってきた黒雲が万の矢を撃ち込む雨を降らせてくる。

 「いや、まいった」

 朝のニュースの天気予報を軽んじたばかりに豪雨の集中砲火を浴びた結果がこれだ。ハローワークに先日紹介された企業からの「お祈り」があった報告をした帰りだったから、体だけでなく心までずぶ濡れになった気分だった。新しく出された求人にもめぼしいものはなく、そのことも気持ちを重くしていた。

 朝のニュースで目元にモザイクのある青年が「安い給料で働くより生活保護を受けた方がまだいい」と言っていたことを思い出す。テレビの中の青年は見た感じ自分より同年代か、もっと若く見えた。

 中途半端な田舎には、すぐに避難できる店の軒先も、都合よく雨をしのげる大樹もない。玄関でタオルを使い濡れた体を拭き終えたころには、皮肉のように雨はすっかり上がっていた。

 「まさに濡れねずみだな」

 玄関先に猫が来ていた。

 「傘は要らないと思っていたのが、甘かったよ」

 「ハスの葉もなしか?」

 「傘よりも現実的じゃない話だ」

 自分の留守中に猫が見ていたアニメが知れる会話だ。

 「バスが猫であるよりかは現実的であろ?」

 「フィクションに難癖をつけるなよ」

 いや、じゅうぶんフィクションな存在に難癖をつけられる作品は、ある意味優秀なのか?と思い返す。

 「しかし、空は晴れているのに、雨に降られるとは災難だったな。このあたりはいつもそうなのか?」

 「そうだな。もうある意味慣れっこになりつつあるな。人間、一度こういうものだと認識してしまえば、体の方を合わせるよりないからな」

 「変えようとは思わない、ということか?」

 猫の言い様がどこか引っかかった。今のささくれた気分に障ったというやつだ。

 「太陽に向かって『どうかこれ以上照らさないでください』とでも言えって?」

 妙な空気に耐えられず絞り出た言葉に対して、猫は短く鼻を鳴らした。

 「お前、それやめろ。感じ悪いぞ」

 前々から気になっていた猫の行為を、ここぞとばかりに言葉にしてぶつける。自分で言っておきながらどこか負け犬めいていることは承知していたが、言葉は勝手に口をついて出てしまっていた。

 猫が口を開いた。それはゆっくりと丁寧で、言葉を上手に、慎重に選んだものだった。

 「私はここ最近お前のコレクションをひたすら見てきた。作り事とはいえアニメや映画というやつはどれも素晴らしいものだった。まあ、私がなにを言いたいのかというと、それらを作ったとのは紛れもなく人間種であるお前たちであるということだ。回り道も多いだろうが、改善について思考を巡らせることは思った以上に難しい行為だと思う。作り物の主人公のように生きろとは言わん。だが、自分自身が『一本の考える葦』であることにもっと誇りを持ってもいいんじゃないかとは思うのだ」

 いいこと言ったろ?という顔さえしなければ百点の台詞だった。

 「お前、いったいとしいくつなんだ?説教めいた言葉がやたら似合ってるじゃないか」

 猫は、『いつもの調子が戻ってきたじゃないか』とでもいうようにしたり顔で笑ってみせた。

 「猫によわいを訊くなど、お前は本当に破廉恥な奴だ」

 どうせなにかのパクリだろうとは思ったが、考えないことにした。いつのまにか自分の口角が上がっていたのに気付かされたからだ。


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