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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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嵐、の16~くがね~

 中途半端に残ったマヌカハニーの使い途を、私は彼女が飲む二日酔い明けのカフェオレに入れることしか知らない。

 空になったと嘘をついて隠しておいた国産の安いウイスキーも、この後私が飲むことはないだろう。

 私のアパートに置いた彼女の荷物が少なかったのは、彼女自身が遅かれ早かれ自分がこうなると知っていたからなのかもしれなかった。

 だとしたら、ヨーコは、彼女自身の人生において、いったい何をしたかったんだろう。今となっては訊くあてもない。


 母は、父の浮気を知ってなお、このまま変わらず同じ屋根の下で生きていくと言った。桃子にはこのまま黙っているつもりらしい。父の不貞については絶対に桃子には口外しないよう私は念を押された。

 そんな家のごたごたがあって、私は本当に大事な友人の葬儀に参列することができなかった。

 それが、(てい)の整ったいいわけであるのは、自分自身がよく知っている。

 いろいろなことを差し引いてなお彼女(ヨーコ)の死は、私にとって、あまりに受け入れられないことだったのだ。


 後日、私のアパートの玄関に、綺麗に繕いなおされたヨーコの黒服が、クリーニング済みの袋に入れられたままハンガーがけで下げられていた。

 誰から聞いたのか、私のことを知るはずもない彼女の母親が置いていったらしい。

 服と一緒に、一通の手紙が添えられていた。

 手紙には、生前自分の娘が私に迷惑をかけていたことをひたすら謝罪する言葉と、娘が着ていたこの服を「どうか引き継いで着てほしいのだ」と書かれていた。

 

 私は、最初そのことをどうとらえていいか、わからなかった。心の整理がつかないまま、家庭の事情を理由に大学を辞め、思い出の残るアパートを去った。


 今でも、猫専門の退治屋は続けている。


 仕事が自分の性に合っていることはわかっていたし、ヨーコの黒服がとても自分に馴染んだしつらえだったからだ。それに、時折緑色に見える怪しい金瞳灰色の猫が相棒に名乗り出てくれたことも仕事を続ける理由のひとつになった。名前は「風彦」というらしい。ヨーコが彼につけた名前だ。


 都会が私に与えてくれる『精神と時の部屋』が私に不向きであったのは、薄々ながらわかっていた。

 ヨーコは私に、自分に合わないことを続けることの無意味さを教えるために一緒に居てくれたのかもしれなかった。明確に「そんな生き方は糞だ」と言ってこなかったのは、この国の圧倒的大多数を占める社会に対して、自分たちが圧倒的少数派(マイノリティ)になりうる現実を知っていて、強引に巻き込むべきではないという彼女なりの配慮があったからなのだと思う。


 もっとヨーコを知っていれば、とかいう『たられば』を、私が口にすることはもうない。


 ()()()がヨーコの見たかった世界を見に行こうと決めたからだ。

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