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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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嵐、の15~くがね~

 どこをどう歩いたか詳しく覚えていない。ラブホテルから出てきた父親とは逆方向に走って、電車に飛び乗って、家に帰るでもなく辿り着いたのは、ヨーコが受けた仕事の公園にほど近い駅だった。

 電車を降りるといつ降り出したのか、強めの雨が降っていた。

 駅の照明が照らす雨は、風もあって、揺れるカーテンのように波打っている。

 さっきのはもしかすると自分の見間違いかもしれない。そう思って、切っていた携帯にあらためて電源を入れる。着信履歴の大半が父の名前。見間違いではないのだと確信する。

 女に会う口実に自分が使われたのかと思うと、正直やるせなくなる。いったい母や妹はこのことを知っているのだろうか。


 ずぶ濡れたい気分だったが、せっかく折りたたみの傘もある。わざわざ雨に打たれることもないだろう。

 「外れるのは天気だけでいいのに」と呟く。自分も妹も天気予報だけは真に受けない。

 雨天決行、と事前にヨーコからは言われていた。

 手持ちの武器を確かめる。一度着替えに戻るつもりだったが、父がアパートに先回りしていることも考えられる。バッグには警棒が一本きりだが、この際仕方ない。

 今日は警棒が壊れるまで相手を叩きのめす。

 時間は五時を少し回ったところだった。悪党が動き出す時間にはまだじゅうぶん早い。統計的に、犯罪は人が寝静まる頃合いから丑三つ時が相場だ。ヨーコに電話をする。

 コールが続くが、出る様子はない。

 折り返しを待って現場に向かうべきか悩むほどに雨の勢いは強い。

 悪党だってこんなときは休むんじゃないだろうか。

 メッセージを送るが、既読はつかない。代わりに父親からのコール。正直出たくない相手だが、忌避し続けるわけにもいかない。

 「はい?」

 いや、くがねが誤解したんじゃないかと思ってな。電話のむこうで父はこちらの感情の居所を探っているような物言いをする。

 動物を虐待する悪党でさえ、現行犯だったら言い訳などしない。父親に愛情がないわけではなかったが、あの時、くがねの中でなにかが大きく瓦解した音がすでにしていて、そこなわれるべきものはそこで大きくそこなわれきってしまっていた。

 「今日のこと、お父さんが言わないんなら、私がお母さんと桃子に言う。一週間経ったら、私から家に電話するから」

 それまでに家の中がどうなってるかは知らない。父がだんまりを決め込むかもしれないし、浮気を正直に伝えて、他の家族がそれなりのジャッジをしてくれるかもしれない。私じゃない誰かがしてくれる判断の方がいいような気がした。

 もう切るよ。私もいろいろ忙しいから。


 足が勝手に雨の街へと踏み出していた。踏み込むたび飛沫が高く上がるのは、雨の量が多いからという理由ばかりではなかった。

 公園に近づく頃には、すでに傘の意味もない程に体中が雨で濡れていた。くがねにはこの雨がまるで父の呪いであるかのように思えた。あいかわらずヨーコの携帯に反応はない。送ったメッセージも、未読のままだ。


 何処からか、猫の声が聞こえてきた。雨まじりでよくは聞き取れなかったが、誰かをこっちに誘導している声。こっちだ、右に。複数の猫の声。

 公園の茂みががさりと揺れて、倒れ込むように、暗がりでぼんやりと光るエメラルドグリーンの猫が、くがねの正面に、飛び出してきた。

 光ってる。こんな猫いるの?

 息は荒く、疲弊しているようだったが、外傷はない。もしかすると「猫狩り」がすでにはじまっているのかもしれない。だとすれば、ヨーコからの返事がないことにも合点がいく。 

 「頼むよ。ヨーコを、助けてやってくれよ」と、その猫は言った。倒れ込んだ猫を抱きかかえる。

 抱えた腕の中で、安心したのか、はたまた体力を使い果たしたのか、猫は張り詰めた糸が切れたように動かなくなった。それと同時に、猫から発せられていた体の光が、静まっていく。

 「灰色猫、よね」

 なにかの光源が当たって、一瞬緑色に光って見えたのかもしれない。腕の中の猫は風景と見まごうばかりの灰色だ。

 風彦を案内してきた猫が「にゃあ」と、ひと鳴きした。猫の案内の先におそらくはヨーコがいる。

 くがねはバッグから警棒を取り出すと、傘を置いたその下に風彦を寝かせ、前を向いた。雨が殴りつけるように降っていた。

 「わかった。あとはまかせて」


 公園の中へ、走る。

 

 

 

 

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