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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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嵐、の12~くがね~

 

 都会は田舎とは違う。


 ビルがどれも高くて、人が大勢いる。隙間を縫うように無言で歩く人が多く、その足取りは一様に速い。

 街中を走る車も田舎のそれとは違って華やかで、いかつい音をたてているものが多いが、道ゆく誰もそんなものをいちいち振り返って見たりはしない。修学旅行のものと思われるバスの中の男子学生が、窓の内側で見慣れない外車について騒いでいるのが見えるだけだ。

 道は総じて広く、小綺麗な店が歩道に沿ってズラリと並んでいる。木々が不自然な位置に配されていて、間取りを計算した街並みも公園も、ビルのちょっとした隙間さえもどこかよそよそしい。なんとなく勘に障る距離感が、私を大きな箱庭に放り込まれた人形の感覚にさせた。

 借りているアパートの傍にはテレビで見たことのある、なにかが有名な店があるらしいが、テレビで見た時のように、すぐ見つけることは出来なかった。携帯の案内でどうにかそこまではたどり着くが、実物はこんなものかという程度のもので、画面越し以上の感動もなかった。

 草も木も、空気さえ、ニセモノの放つ胡散臭さが漂っていた。


 時折思う。私にとって都会というのは色のついた水のようなものなのかもしれない。目にするどれもおよそ現実味をともなっていない、と。


 どこにいても、自分が大きな工場で働く作業員みたいな感じがした。ドラマで見るような世界はこの都会に常に在住するものではなく、あれらもおよそフィクションなのだと知った瞬間だった。


 「アウェイ感というやつなのかもしれないね」

 同時期に、やはり地方から来た先輩もいまだ都会に馴染めずにいた。

 「田舎者ってことですか?」


 そうじゃないよ、とその先輩は言った。「都会に情報や技術やそのほかにも凄いエッセンスが凝縮してるのは間違いないわけで、田舎にいたらそういうのを遠巻きに見ているしかないわけで。つまりあたしたちは今、『精神と時の部屋にいる』って感覚なんだよ。でも、くがねちゃんは馴染めてない」

 アウェイ感を克服して、故郷に錦を飾るんだよ。

 そういう先輩は馴染めているのだろうか。私にはとてもそうは見えない。アウェイ感を感じない人は日々都会という環境を謳歌している。決して掃除屋(スイーパー)なんて特殊なアルバイトに身を染めたりしない。

 「こう考えればいいよ。移動経過はワープで、ためになる教室から教室までを最短最速で移動している。かめはめ波?を打つまでの修行みたいなものよ」

 田舎に居たらこうはいかない。なんたって速度が違うもの。

 「精神と時の部屋の頃は、もう悟空は、かめはめ波は覚えてますよ」

 そうなの?じゃあ、波動拳だ。それはもうジャンルからして違います。

 自分という製品を最短で組み上げるには最適な環境だと言うのなら、都会はやはり大きな工場でしかない。パーツを揃えて組み上がった孫悟空がその後田舎に戻ったとして、何をするのか、そこまでの答えには至っていない。片手落ちにも程がある。

 

 当時の私は、彼女がどこまで道を外して生きていくのか、その好奇心だけで彼女を受け入れていた。自分のことを「あたし」と呼んで、常にまっすぐ進もうともがく彼女に言いようもない程の強い興味があっただけだ。


 彼女の名はヨーコ。大学の、一瞬だけ先輩だった女性だ。


 ヨーコ先輩は、私が大学に入ってすぐ、入れ違いで大学を辞めた変わり者で、兎に角面倒ごとに首を突っ込むいかつい女として学内では有名だった。なぜかその入れ違いに引っかかった私は、今や彼女の紹介で「猫専門の退治屋(スイーパー)」をしている。


 大学に通いながら好奇心で始めた「猫専門の退治屋(スイーパー)」稼業は、そこそこ実入りもあったし、依頼は気分で受けることができた。手軽に正義の味方感も味わえることもあって、自分には合った仕事のひとつなのかもしれないと思いはじめていた。

 宿代がない、と部屋に転がり込んできている先輩(ヨーコ)は基本的に親切で、たまにイビキがひどいことを除けば、お互いにおおむねいい関係を築けてもいた。

 その日、ヨーコは日付がもうすぐ変わりそうなタイミングで帰宅した。大がかりな猫狩りの噂があって、サイトを見た同業者もかなり参加の表明をしていた。

 戦果は上々だったらしい。が、千鳥足になって帰宅したヨーコは、「ただいま」をかろうじて告げて、玄関先で倒れた。ガシャン、と彼女のスカートに仕込まれた暗器たちが派手な音を立てる。構わずヨーコは倒れたままで高いびきをかきはじめる。

 あちこち包帯だらけで傷だらけ、服もあちこちボロボロで、叩いたら埃が立ちそうだ。よくこんな女の入店を店側が許可したなと唸りたくなる。まあ、彼女一人だけで飲んでいたわけでもないのだろう。打ち上げが一人だけであったなら、それは寂しすぎる。


 「くがねちゃあん。猫に悪さする人間を緑色にする方法ってないかなぁ」

 いきなりなに言ってるんですか、人間にペンキでも塗りたくるつもりですか?と抱きかかえた時、彼女の頬に目が行った。乾いた砂埃と土煙が、彼女の頬を流れた涙の跡をくっきりと残していた。


 彼女は涙脆い一面はあるが、彼女の落涙にはいつだって明確な理由があった。


 事件は解決した。でも、猫も死んだ。


 そういうことなのだろう。


 刹那的に日々を生きる彼女だけが、私にとって唯一、色のついた生き物に思えた。都会に来て一カ月強、私もすでに都会に馴染むことができずにはぐれてしまっているのかもしれない。


 

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