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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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嵐、の9~風彦~

 季節をいくつかまたいで、春が訪れていた。降雪が少なく、おかげで初めての冬は無難に過ごすことができた。足しげく通うヨーコは、グループ内でも安牌扱いにされていて、すれ違う猫のほとんどが彼女に挨拶をするようになっていた。しかし相変わらずヨーコは僕が一匹(ひとり)の時に限って現れた。


 ヨーコはよく自分の出来のいい兄の話をする。

 「あたしと違って要領が良くて、適当に入った大学からそこそこいい会社に入って。まるであたしは出涸らしだわ。取り柄もないのに見栄張ってこんなとこまで来たのに全然ダメ。オオカミよ!」


 「それを言うなら『おお、神よ!(にゃあ!)』だろう?」

 妙な話だが、こいつ(ヨーコ)と関わるようになってからというもの、なんとなく理解できていた人間の言葉がだいぶ正確にわかるようになっていた。あまりに気味が悪かったので公園の仲間内に訊いてみると、そういう猫は結構居るのだと教えられた。

 その時はそれほど異常なことではないのかと安心したが、ヨーコのあまり俗な悩みは聞いていて苦痛になることが多く、最近では言葉を理解できるようになったことがが疎ましくさえ思えている。


 「聞いてよ。今度入ったバイトの子、猫の言葉がだいたいわかるんだって。あたしも猫の声が聞けたら、仏頂面のあんたの言う「にゃあ」の意味がわかるのに、悔しいわ」


 風彦は溜息を漏らす。ブッチョウヅラとはなんだ。また言葉の意味を誰かほかの猫に訊かなければならない。

 簡単な言葉以外はこちらとて理解できないのだから勘弁してほしかった。


 スッと立ち上がったヨーコのスカートから、聴き慣れない金属音がして、動きを止める。最近ヨーコは随分と長い黒スカートを穿いていることが多い。冬だからかと思っていたが、季節はもう春だ。春のうららかな気配に、黒はあきらかに重い色に映る。


 黒服のせいで、白く際立っている肌についた生傷が目立つ。じっと見ていると、ヨーコは恥ずかしそうにそれを隠した。怪我くらいする、でも、これはいい怪我なんだよと噛みしめるように呟いて、ヨーコは遠く流れる風を目で追った。

 「春の風はいいね。あったかくて、春って感じがしてさ」


 ヨーコは語彙が少ないと感じる。ひとことに春を二回も使う芸当は、猫でさえしない。

 

 もっとも、本当にセンスのない事件が起こるのは、この少し後のことなのだが。

 


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