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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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嵐、の7~風彦~

 テレビ画面には粗い画質の映画が流れていた。アニメではなく映画なら見る、という要望にこの家の住人()が応えた結果だ。吹き替え版でないと内容がわからないといったのに、あえて洋画で、見るからに作品も古そうだ。個性的な形をした字幕が画面の下で次々入れ替わるが、案の定、読めない。

 「古典映画はいいぞ。『シャイニング』の冒頭のカメラワークなんて、いまだにどうやって撮ったのか謎らしい。昔の作品には今の映画にはない面白さがある。まあ、見てみろ」作品には一切触れず、目の前の三毛猫は得意気に鼻を鳴らしている。

 「何を言っても無駄か……」小さくぼやいて、風彦は黙った。少なからず、そういうやつはいる。

 

 「あんた灰毛に金目って、悪そうだね。まあ、嫌いじゃないけど」

 昔、僕にそう言った女がいた。まだ、くがねにも桃子にも会う前の話で、まだ体の色だって緑じゃなかった頃だ。

 猫は、親の姿を見なかったときからすでに猫だが、そういった場合、自分が猫なのだと知る前に多くが死んでいる。幸いなことに、僕はそうなる前に自分が猫なのだと知れた。

 生まれた時が不遇でも、四肢が健常で生きるために泥水でも美味いと思える感覚があれば、環境によっては生きてはいける。逞しく、そしてしたたかに。


 まさに親はなくとも猫は育つ。


 幸い、猫の多い場所だった。後で知ることになるのだが、近所では有名な『猫捨て公園』だったようで、年齢層も広く、数もまた多くいた。昔は犬なども多く住みついていて、事あるごとに猫犬間での抗争があったらしいが、世間は犬などより猫を愛するものらしく、公園から作業服のやつらに捕まえられて消えるのは圧倒的に犬の方が多かった。

 気がつけばこの猫捨て公園は完全に猫の楽園になっていた。

 舎弟も多く出来た。当初は縄張り争いなどに興味もなく、我関せずを通していたが、自分と同じように目も開かない頃から捨てられた猫の面倒を見るようになってからは、縄張りを持たないと公園内での対外的な体面がとれなくなってきた。

 慕ってくれる猫を放っておけない性分が災いして、いつしか自分たちでも群れをつくるようになっていた。


 その人間の女はきまって僕が一匹(ひとり)の時間を満喫しているときに現れた。晴れた日の芝生の上、曇りの日の水辺、雨の日のベンチの下。いつも見つけては声をかけてきた。

 もちろん人間の言葉などはわからない。こちらを呼ぶときにそいつが使う「おまえ」が僕の最初に覚えた人間の言葉だった。

 「おまえ、いつもこの辺にいるけど、野良なの?」

 そいつは大概、手に美味そうなものを持っていた。だがあからさまに物欲しそうな顔はしない。こちらにだって矜持というものがある。「にゃあ」ひと鳴きして目をつむり、女とは逆の方向に首を向ける。

 「つれないなあ」むくれてみせる表情にはまだ幼さが残っている。

 僕よりは少し年上か。だが今日日の猫はそんな甘言にやすやすとはかからない。相手を見ずに媚びを売るのは、世間知らずかせいぜい九ヶ月未満(十三歳)くらいなものだ。

 「フー!(あっちへ行け!)

 「つれないこと言うなよ」隣に座る。

 こいつくらいのものだ。僕が一声威嚇すれば大抵の人間は「おお怖い」と言って立ち去る。稀に、持っていたエサを貢物のようにおいていくやつもいるが、こいつみたいに動じる様子もなく居座るやつはこれまで居なかった。

 「フー!(舐めてるのか!)

 「フーじゃないよ。これはカマンベールチーズって言うんだ。食べるだろ?お前食べそうな顔してるもん」


 こいつが「ヨーコ」だった。何を言っても無駄な、ヤな奴だ。

 

 


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