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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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嵐、の6~僕~

 仕事辞めて、結構経つの?、そう訊いてきたのは、くがねの方からだ。

 「そうだね。もうかれこれ一ヶ月になるかな」答えにくいことを唐突にざっくり訊いてくるのは彼女たちの血筋なのだろうか。どうにか言葉を返すが、声はかすれた。

 ふうん、と自分は納得したからいいや、といったふうにあとは素っ気なく、くがねは手もとの洗った皿を手早く乾燥機に立てていく。「でもこの辺、ロクな仕事がないだろ」クスリと笑う。

 「そうだね。どこも給料は似たり寄ったりかな。工場とか、警備会社とか、ああ、土木関連なんかの求人はよく見かけるね」

 ふうん、と、今度は値踏みするように顔から爪先まで視線を移す。「あんたどう見ても土木は無理そう」

 この間面接まで行った会社のことが思い出される。体の線が細かったから面接で落とされた、なんて今さら思いたくはない。

 「ありきたりの履歴書を提出しないとどうやら採用してもらえないらしい」

 「なにそれ」

 「ロボットみたいに正確に抑揚なく話し、余計なことは口にせず、上司からの命令に一切疑問を持つこともなく、流れてくる事案を淡々と右から左に動かしてくれる人材こそが、今のこの世の中では望まれるみたいだ。できれば髪色は黒で禿げてもおらず、七三分けか真ん中分けの短髪で、多少気温が高くても上着にネクタイをし、少しでも頭を良さそうに見せるために眼鏡の着用をすればなお良いらしい」これはやめた会社で僕が言われたことだ。我ながら厭なことを思い出したものだ。

 「つまり、雨ニモマケズ風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ、慾ハナク、決シテ瞋ラズイツモシヅカニワラッテヰル」

 「『そういうものになりなさい』ってわけ?」くがねと僕の言葉が一部、被った。

 宮沢賢治の()()とは大きく違うが、語呂や言い回しだけはどこか似ている。

 いじけた僕の言い回しを、まるで風で吹っ飛ばしたような鮮やかさだ。いいセンスしてる、と呟くと、まあね、と彼女は自賛した。

 くがねの妙な一面を垣間見た気がした。妹の桃子同様に、彼女もいったん気を許した相手には心を開くのが人より早いのかもしれない。

 「くがねさんこそ、どうして今みたいな仕事してるんです?保険だってないし、収入が安定しているとも思えない」

 おかしなこと訊くのね、とくがねは一笑する。


 「その日死ななかったらいいんじゃない。なんでも」


 言葉に詰まった。くがねの「なんでも」が「どうでも」と言ったように響く。

 


 


今回の「嵐」編では、“僕”のパートでくがねの、“猫”のパートで風彦の、それぞれの過去編をあきらかにしていきます。それとは別に、主人公は果たして就職することができるのか!? 次話をご期待ください

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