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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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嵐、の1~猫~

 私と風彦が(みなと)の家を訪れた時、不足気味だった猫分補給が二倍になったことを、彼女は素直に喜んだ。

 前回、さも間男のように窓から追い出されたことを気にしているのはこちらだけのようで、当の本人は追い出したことさえ忘れているようだった。

 「大抵の人間はそうさ。猫や犬のことは一つ下に見ているから、気にもしない」と風彦は言う。

 モフモフが二倍よ~、と背中や顔に自分の顔面を押しつけてくる湊の行動に遠慮は一切ない。風彦の言う通りかもしれないと思う。

 「ところで、くがね殿と一緒でなくていいのか?」

 「おいおい、僕にだって自由時間くらいくれよ。ああ見えて彼女にも気を遣ってるんだぜ」

 もちろん湊には「にゃあ」としか聞こえていない。

 にゃあにゃあ鳴いてかわいい猫ちゃんたちでちゅねぇ~、と喜ぶ湊の裏でされる二匹の会話は極めてドライだ。

 「今回やられたのはブラックサンズのデイモン以下数匹だ。怪我で集会に来なかったフェイク以外はあらかたやられたらしい。最悪、このまま解散することになるかもしれん」

 「事態が落ち着くまで夜の集会はしないと言っていいた矢先にこれだ。あいつらどうして言う事を聞かなかったんだ」

 「男だからさ」

 「なるほど。盛り時期の猫の本能を止めることはできなかったというわけか」

 ブラックサンズは武闘派で名を馳せた集団(チーム)だ。各々が野良である誇りを持っており、『餌はもらえど擦り寄るな』を地で行っていた。常に剣桃子ら動物愛護センターを警戒している彼らは、これまで去勢の罠にかかることなく、あの公園内でコツコツと勢力を増やしてきていた。

 「『アニマル・キラー』これで大人しくなると思うか?」と風彦。

 「さてな。だが、私なら多少なりと冷却期間を置くだろうな。標的がいるというなら、わからんが」

 標的ね、と呟いて風彦は耳を伏せた。

 「なにか嫌な記憶でもあるのか?まあ、その色()じゃ仕方あるまい。嫌でも目を引く。ことに猫にはな」鼻を鳴らす。緑という色は、人間だけでなく猫の目にもつきやすい色だ。おそらくは他の猫たちにとっても風彦は目立って映ることだろう。

 「なにも僕だって最初からこんな色だったわけじゃない」

 自嘲気味に風彦は笑った。話せば長いのさ、と風のように(うそぶ)いてみせる。


 ずいぶん居心地がいいなと思ったら、湊の部屋が少しばかりすっきりとしていることに気づく。以前気になるほどだった煙草の臭いもだいぶしなくなっている。なにより部屋に立ち込めていた妙な薬品の臭いがまるでなかった。

 きょろきょろとしていた私の行動をどう捉えたのか、湊が嬉しそうに話しだす。

 「今度は猫嫌いがいなくなったから、あなたたち、ずっといていいのよ?なんなら飼われちゃう?」

 そうか。ケンジの気配がないのだ。ケンジから漂う安い香水の臭いを思い出す。

 「ケンジったら私が浮気してるって勘違いして、出てったんだよ?いきなりだよ、信じられないよね?ま、おかげで今は元彼とヨリを戻せて結果オーライなんだけどね。やっぱり猫派は猫派と付き合うのが一番だってわかったんだけどー」

 まったく人間種というやつは。こっちが「にゃあ」としか言わないと思って甘く見ているな。

 筒抜けなんだぞと教えてやりたいが、堪える。すかさずタンスの上に飾ったツーショットの写真に投げキッスをする湊。


 やれやれだ。写真にはアマゾンの配達人、森本が映っている。


 でね、ケンジったらね、今サバゲ仲間の男友達の家を転々としてるんだって。この間そのケンジの友達から「ヨリを戻してやってくれ」って泣きつかれて大変だったのよ。知らないってのね!今どき彼女の家に転がり込むヒモみたいなやつってどうなの?もーホント別れて正解よぅー。


 「そんな話を猫に聞かせてどうする。あきらかに猫にする話ではなかろうに」目を閉じ耳を伏せ、口をつぐむ。話が終わるのをじっと待つ。しばらくこの家には立ち寄るまい。

 似た者同士に挟まれて、ステレオでこんな話を延々聞かされたのではたまったものじゃない。


 嵐が過ぎ去るのを待って目を開けると、すでに風彦は立ち去った後だった。

 

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