猫らしきものが家にやってきた、の1
代々、家では猫を飼っていた。ここ数年、猫の面倒をよく見ていた妹がいなくなったことと、近所に住まう浮浪猫が不在であったこともあって落ち着いていたが、僕がコンビニ帰りに拾ってきた猫を、白髪の増えた両親はこともなげに受け入れた。
猫、というより、猫っぽいなにか、であることは話していない。そいつがちゃんと両親の前で猫を被って「にゃあ」と可愛く鳴いて喉を鳴らし、腹を見せて転がってみせたせいもある。
「まあ、私にかかればこともない」
フン、と小さく鼻を鳴らし、僕の部屋でベッドに寝そべる。人語を話さなければ、どこから見ても柄の変な普通の三毛猫にしか見えない。
「だがお前。これだけはご両親に念押ししておけ。人の股をまじまじと見て『男の子でちゅか?女の子でちゅか?』と言うのはよしてくれとな」
そもそも全裸だろうが、と思ったが言葉にはしなかった。
それにしてもだ。
あらためて昨日の夜のことが現実であることに驚く。勢いあまって昨晩の内に精神病院に駆け込む暴挙に出なくて良かった。やはりこいつ、しゃべってやがる。
「そういえば両親にも聞かれたんだが」
「なんだ?」
「おまえの名前、なんと呼べばいい。名前がないのはなにかと不便になるだろうしな」
猫は鼻を鳴らした。これはこいつの癖なのかもしれなかったが、客観的にみてあまり感じの良いものとは思えなかった。
「名前などない」
「漫画かよ」
「いや、小説だ」
「村上春樹だろ?」
「夏目漱石だ」
堪えきれず笑いがこぼれる。
「やっぱり漫画だ、そうだろ?」
「小説だと言っている!」
猫の顔に真剣味が増す度に、僕は笑いが止まらず転げまわった。
これを真顔でやっているのだから笑いが止まらないこともいたしかたないことだ。