予期せぬ来訪者、の9
公園内のくるぶし程度まで生えた草が、踏みつけられ、躙られた跡は、事件があってからの時間がそう経過していないことを示していた。複数の、それもそこそこに大きな足跡が、遊び半分に獲物を追い回し、いたぶった形跡が素人目にもわかるほどだ。あちこちに被害にあった動物の血が飛び散っていた。必死に逃げたのだろう、血がついた草が道筋をつくっている。
くがねは、耳に指をあて、不快感を露わにしていた。
「耳鳴りがするんだ。猫たちの悲鳴が、聞こえるみたいに」
ひときわ大きな血だまりはおそらく犬のものだろう。全ての足を切られて殺されていたと言っていたが、逃げ回った跡から見るに(もしかするとこれはとても恐ろしい想像になるが)足を一本切っては逃がし、また一本切っては逃がしを繰り返したのではないだろうか。
「訊こう。何を考えたらこんなことができるのだ、お前たちは」
猫の言葉に、返す言葉も見つからない。すべての人間がこうではないのだと断言はできる。しかし、どの人間が大丈夫で、どの人間が危険なのかということまでは説明することはできない。
「だが、臭いは覚えた。もうこれ以上はない。現行犯でなくとも捕まえて、締めあげてやる」
くがねの言い分は痛いほどにわかる。しかしこの国ではこういったケースにおいては現行犯以外での罪は問えない。それは、くがね自身もよく知っているはずだ。だから僕は、それを黙って聞いて、頷いた。
「僕の妹が見たら、きっと泣くだろうな」
犯行現場を出た後、口を出た言葉は自分でも意外なものだった。これまであえて封じてきたものを、放ったような、妙な気分になる。
「妹御は動物好きなのか?そういえばあんたの家には猫の気配が多いものな」
「わかるのか?」
そりゃあ、わかるさ。と、くがねは呟いた。
「あんただって自分の部屋の模様替えをするだろう?それと同じで、猫だってあたしら人間みたいに自分の居場所を快適にしようとするものさ。だから住みつくと決めた家には決まって自分の動きやすいなにかをする。猫によって何をするかはそれぞれ違うが、あんたの家にはその跡が多い。おそらく、そうだな、もう十匹以上は猫を飼っただろう?」
くがねの言うとおりだった。複数飼いこそしなかったが家に猫が絶えたことはほとんどない。妹がいなくなって、今の猫(?)が来るまで数年の空白があったくらいのものだ。
それはそれとして、と、くがねは続けた。
「あんたの母親、洋裁でもやってるのか?直してもらったこの服な、気持ち悪いくらいあたしの体に馴染むんだが」
母親のそんな話は聞いたこともなかったが「どこの家の母親でも、服を繕うくらいはするんじゃないのか?」という僕の言葉に、くがねが気を悪くしたのは見てすぐにわかった。
僕たちが現場を出た時、すでに剣桃子の姿はなかった。
多分仕事に戻ったのだろうと勝手に思った。




