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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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予期せぬ来訪者、の7

 母親が差し出した手には綺麗に洗濯され、ぴしりとアイロンがけまでされたくがねの黒服があった。

「破れたところとかは勝手に直しておいた。あとは、うまく使いなさい」

 押しつけるように服を渡す母親の目には心配を含んだ色が見え隠れしている。

 「ありがとう」

 くがねは服を受け取るや、今着ている服を捨てるように脱ぎ始めた。

 目が合う。

 「いつまで居んだ、あんたは!」

 追い出される。僕の部屋だ、ここは。


 急いでいた割に、くがねの支度は十分を超えた。ようやく部屋を出てきたくがねは、感情の死んだ人形のような冷たさを滲ませている。隙なく着込んだ服から露出する肌部分は気のせいか昨日より少ない。細身の体に全身黒の服装からは恐怖と気品が匂い立つ。薄く引いた化粧。くがねのスイッチが入ったことが見てとれた。

 「案内しろ」

 「僕にだって準備する時間が要るだろう!」

 「ああ!?何故あたしが着替えている間に準備しておかない!?」

 「君が僕の部屋で着替えてたからだろうが!」

 使えない奴だ!四十秒で支度しろよ!どこかで聞いた有名な台詞だったが、元ネタを思い出す時間はなさそうだ。


 「おばさん、ありがと。これ、きっとすごく使いやすい」

 出がけに、くがねは僕の母親にそう言った。昨日被っていた猫はもう彼女には必要ないらしい。

 「ご飯作って待ってるから、今日もちゃんと帰ってきなね」

 くがねは答えるかわりに右手でビッと親指を立てた。

 車に気をつけていけよ、父親の声が家の奥から届く。

 僕のかわりに猫と風彦が返事をした。

 母さん、あいつら今返事したぞ、こっちの言ってることがわかるんだ、賢いな。


 くがねを追いかけようとする僕の腕を母親がつかんで引っ張った。

 「無茶するようならあんたがきっちり体張って止めなさい」視線の先に、くがねが居る。

 わかった、とは答えたが、頭の中には「何言ってんだ」という言葉が泳いでいた。

 くがねが無茶をするようなら止めろと言ったのか?

 それは、そのつもりではいるが、体を張ってまで止めなければならない状況は想像できない。

 僕は、目の前の母親が、くがねに何か違うものを見ているように思えた。


 くがねが走っていく背中を追いかけていくと、脇道から猛スピードで黒のワンボックスカーが飛び出してきた。スモークを張っていて今の角度からは運転者が見えない。

 「なんて運転するんだ」

 かろうじて避けたが、軽くしりもちをついた。

 猫と風彦が転倒した僕に駆け寄る。猫は走り去る車を見て、チッと舌打ちした。


 

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