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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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予期せぬ来訪者、の3

 一階(した)に降りると、両親が居間にしばらく見たことのないような大量の料理をテーブルいっぱいに並べているところだった。

 「くがねさん、天ぷら大丈夫かね?あんた好き嫌いとかわかる?」

 なにをそんなに張り切る必要があるのか、母親が忙しそうに手を動かしている。いちいち水を差す気分にもなれなかったから「多分大丈夫」と伝えた。

 「今、彼女寝ちゃってて」

 「そりゃあこんななにもないとこまで来たんじゃしょうがないよ。晩御飯までゆっくり眠ってもらいな」

 「ちょうどいいからお前、刺身でも買ってこい」久しぶりに会話した父が財布から一万円を取り出してよこした。酒もついでに買ってくるといい、と加える。

 ちょうどあいつ()用の酒も買いに行こうと思っていたところだ。

 わかった、と答えて家を出る。

 それはそうと、両親は彼女(剣くがね)を家に泊める気のようだ。両親の意図がまったく読めないが、今のところ猫の思惑には沿った流れになっている。妙な勘違いをされなければ、彼女にとっても良い風向きなはずだ。

 どうしても気に入らなければ、その時はただ去ればいいだけの話だ。選択は彼女と風彦がすればいい。


 外は涼しいままだった。結局雨は降ることなく、空には雲もほとんどない。星が少しずつ夜の帳に合わせて顔を見せはじめていた。風はなく、空気はまるで止まっているかのようだ。どこかで、りーん、と鈴虫の鳴く声と、この辺ではあまりなじみのないミンミンゼミが宵の締めを歌っている。

 近くのスーパーまでの道のりには古い商店街が並んでいる。並んでいた、というのが正しいのかもしれない。並びのほとんどの店のシャッターは下りていて、しばらく開いた気配はない。商店街全盛の頃の古いデザインの街灯が明滅しながらシャッターのサビを照らしている。大きな道が整備されてすっかり裏通りになった道には人通りも車通りも少ない。車がギリギリすれ違うような道だ。好きこのんで車を走らせて来る者もまたいない。

 大通りに出て、主要道路を越えた先にスーパーマーケットがある。「あっちのでかい公園」と僕が勝手に呼んでいる公園を過ぎた角だ。閑静な住宅街の入り口にあるスーパーマーケットは煌々とした明かりをともす灯台のようだ。歩いて二十分かかることもあって、余程のことがないかぎりここまで足を運ぶことはない。商店街から魚屋がなくなったから、刺身を買うのに稀に寄ることがあるだけだ。

 思った以上に時間がかかった。何を思って徒歩で来たものやら。


 いや、本当は自分でもよくわかっている。自分の中でもやついていた気持ちを片付けるために、あえて歩きを選んだのだ。おかげで考えはずいぶん落ち着いた。

 

 適当な刺身とビールのロング缶、安い国産ウイスキーの入った袋を抱えて店を出る。歩きながらビール缶を一本開け、口に入れる。歩きながら飲むビールは家で落ち着いて飲む時よりも炭酸が腹に溜まる気がした。

 胃の不快に足が止まった。ちょうど「あっちのでかい公園」の横だ。吐くのには適していたが、少し休憩したことで胃はどうやら落ち着いてくれたようだった。

 かがんで視線を上げた時、公園の中から若い男の声らしきものが聞こえた。この公園は自然公園を規模縮小したことが売りで、昼でも日影が多いことで知られている。夏とはいえ夕刻、太陽はすでに西の山裾に隠れて久しい。刺身の盛り合わせが三割引きになっている時間だ。

 周囲の藍色は家を出た時よりずっと勢力を増してきていて、木陰はもはや暗黒の森のそれだ。

 幾条かの赤く細い光が、暗闇の公園に並ぶ木々の表面を這いながら移動していくのが見えた。懐中電灯の白っぽいやや広がりのある光も、時折そこに混じっている。

 「何だ?」

 公園内を移動する何者かの気配と複数の音、男たちの笑い声。よく振ったコーラのプルタブを開けた時のようなパシュッという音が何度も断続的に鳴る。

 若者が公園で花火でもしながらはしゃいでいるのかとも思ったが、火薬の匂いは漂ってこない。

 高校生が部活帰りにでも公園で何かやっているのだろうか。

 光と、気配、音は瞬く間に公園の奥の方へと消えていき、やや経ってから、遠くでなにか歓声が上がったのが耳に届いた。

 

 

 

 

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