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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
40/100

今そこにある危機~猫~の10

 水晶以外の猫は、飛び退いた。われわれに限らず刃物を目の前にして警戒しない奴はまずいない。

 「姐さんヤバいやつだったんだな」と口に出すキーマンの言は正しい。「仕事」と彼女は言ったが、中村主水や何でも屋のお加代がいる時代ではない。SPY×FAМILYのヨルさんのような仕事がまさか現実に存在するとは思わなかった。ということはあのアニメはあながちフィクションではないということか。

 勉強になる。

 いそいそと、落とした武器や暗器をスカートに戻すくがねを横目に、「誤解のないよう最初に言っておくが、この仕事は決してお金にはならない。正直、万年金欠病を患っている」と風彦はぼやいた。そして、「どうせ飼主を選ぶのなら、日の光がちゃんとあたるような職についた人選をすることが賢明だ」と付け加えた。売り言葉で口から飛び出した一言であったが、その言葉にはなぜか反論しがたい重みが感じられた。

 「苦労してるのね、猫なのに」と水晶が息を吐いた。

 「わかってねえな。流れ流れの旅烏たびがらすに宵越しの金なぞは要らんのよ」憧れからか、しみじみとするキーマン。


 「ならどうして、そんな仕事を選んだんだ、あんたは」


 私は、思わず出てしまった言葉に蓋をすることもできず、言った後で、狼狽えた。いまだに就職できずに悩んでいる同居人の冴えない後姿が脳裏に浮かんで、どうしても黙っていられなくなったのだ。

 言い終えた後、くがねを、見る。もしかすると、すがるような視線だったかもしれない。

 頭の後ろまでける鋭さで、くがねがこちらを見た。意図を量るようにじっと見つめてくる。

 堅実な言葉を弄しておいてなお、貧乏に甘んじる自分に放たれた言葉と受け取ったのか、風彦もまた動きを止めてこっちをじいっと見ている。


 「そんなこと、あんたが気にすることじゃないよね。猫じゃん、あんた。」

 そう突き放した後、くがねは思案顔になった。

 「やっぱ、あんたちょっとほかの猫とはどっか違うね。変わってる。うちの(風彦)とどっこいどっこいだ」

 「気にするな。くがねは単に社会不適合者なだけだ。決して参考にするな。人が腐るぞ」と風彦。

 「さっきからお前はなにかと失礼だな。今晩の猫缶をおあずけにしてやろうか?」

 「最近はカリカリしか口にしてないと記憶していますがね」

 くがねに風彦がぴしゃり、と放つ。

 「今夜だって、どうするんです?急に拠点といったところで、当てはあるんですか?野宿ですか、また」

 まあ、それはおいおい考える、と口ごもるくがね。苦笑いなのか、整った顔がややひきつっているようにも見える。しかし不思議なことに辛辣に過ぎるような台詞を口にした風彦からも、言葉ほどの逼迫感や悲壮感は漂ってこない。

 「ないものはないし、それはそれで仕方がないじゃないか」

 「稼ぎの悪い飼主はこれだから困るんです。たまには忠実な飼い猫をねぎらってあげようとは思わないんですか」

 「わかった。わかったよ。今回の仕事の報酬が入ったら温泉に連れて行ってやるから」

 「そうやって獲らなかった狸は今までに何匹いましたっけね!そもそもくがねは楽観が過ぎるんですよ。少しは空虚な皮算用をさせられる身にもなっていただきたい」


 言葉の打ち合いとはこういうことをいうのだろう。お互いに急所をめがけて殴りあう様はまさに壮絶の極みだ。しかし他人事であるからなのか、あるいは意思の疎通をしっかり感じ取れたからなのだろうか、不覚にもこの二人(一人と一匹)のかけあいを楽しいと思ってしまった自分がいた。仕事を楽しいものと思えるなら、多少赤貧であっても、ある程度は耐えられるのかもしれない。そう考えると同居人やつの就職が今回うまくいかなかったことはむしろ僥倖であったのか。


 くがねと風彦を見ていて、やつも同じことを思ってくれたならいいのにと密かに思った。

 


 

 

 


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