今そこにある危機~僕~の6
見慣れた公園のそばに停車してもらう。鈍色の空は変わらずだったが、こちらは雨までは降らなかったようだ。かわりに西からの風がやや強めに吹いていた。送ってもらった礼に近くの喫茶店でのお茶をすすめてみる。「まだ仕事中なので」と予想通りの答えが返ってきた。もう少し昼の時間にでも近ければ、ランチの誘いを受けてくれたかもしれない。
まあ、先立つものが乏しい身の上ではだいぶ勇気の要る一言になりそうではあるが。
ささやかだが交通費が浮いたのはありがたかった。
去り際に「同居人さんに首輪、つけてくださいよ?私はもう疑ってませんけど、昼日中にうろつく人って結構目立つんですから」と剣桃子。暗に「アニマル・キラー」の件が未解決であることを伝えてくれているのだろう。
「ありがとう。気をつけます」
「壁に耳あり障子にメアリーですよー!」
目あり、だろ。剣桃子の語彙力の大雑把さに苦笑する。わざとやっていないところが逆にすごい。車を見送って、歩き出す。
公園にほとんど人影は見えなかった。今朝の天気予報で、「この地域の七割がたに雨が降るでしょう」と言っていた。だからかもしれない。
ふと見るときっちり整備されたベースボールグラウンドに、ファースト側からピッチャープレートの横を抜けてセンター付近に自生した芝生まで一人分の足跡が残っていた。
なにもそんなど真ん中を通らなくてもいいのにと、僕なら思う。遠回りになっても間違いなく迂回して歩くだろう。しかし、目の前の足跡にはその澱みが一切感じられない。グラウンドを荒らしてやろうとか、わざとそうしてみた、といった意図的な痕跡もない。
目的地をひたすらまっすぐ進もうと思ったら、そこにたまたま整備されたグラウンドがあっただけだ。
だから通った。足跡はそう告げている。
根拠はないが、ついた歩幅から、それがなんとなく女性のものかな、という気がした。足跡がまっすぐ抜けている点から、足跡の主は合理的ではあるものの、いささか自分本位の目立つ性格の持ち主なのかもしれない。
まあ、僕は日常においてすぐに事件性のあることに出くわすどこかの眼鏡をかけた少年探偵ではない。その分析が当たっていようがいまいが、特に問題も関係もないのだが。
公園の外周を通って帰路につく。ベースボールグラウンドのファーストベンチ側は、道路と歩行者、それに観戦に来る人に配慮して背の高い木々を植樹している。木々は天然のフェンスであり、同時に木陰での休憩スペースの役も果たしていた。
声がした。気になって視線を向ける。
植樹された木々の間を、立ったりしゃがんだりしている複数の男たちの姿。歓声と奇声を交互にあげて「当たった」、「外した」と叫んでいる。その中には、どこかで見たことのある男の姿もあった。
ああ、近所のアパートの金髪。大声で怒鳴っていた姿はまだ記憶に新しい。
たしか美容師だったか。月曜は定休で休みなのだろう。木立の中、ほかに二、三人の姿が見えたがあまり気にしないことにした。
別にこちらに害があるわけじゃない。ゲームのクエストじゃない以上「君子危うきに近寄らず」がこの世界の一般常識だ。
交通費がせっかく浮いたのだ。少し足は出てしまうがビールを二本買って帰ろう。そういえば最近当たり前に猫の分も買ってしまっている。
まあいいさ。撮りためたアニメも見なければならない。猫のやつがいなければ、ビールは二本とも僕のものだ。
いつも欠かさず読んでくださっている方々に感謝を




