今そこにある危機~猫~の7
「この群れのリーダーはどいつだ」
事情のわからない者からしたら、あきらかに不審者然とした行動を、くがねは躊躇わずおこなう。
実際、年齢はそう「いってはいない」のだろうが、公共の場で猫を相手にふんぞり返った台詞を吐いても許してもらえる時期はとうに過ぎているように見える。
「この人大丈夫な人?」
最初に口を開いたのはミイコだ。彼女はくがねと風彦のどちらに対しても初対面だ。
「怖いもの知らずはやめなさいな、ミイコ」
警戒して威嚇の声を上げそうになるミイコを、水晶が遮る。水晶も初顔合わせだが、どこか落ち着いている。
「俺様がリーダーのタイガーだ。この間は世話になったな姉ちゃんよ」
ずいっと、奥から鋭い眼光を湛えてタイガーが進み出る。
「寅蔵、頼んだ」キーマンが叫んだ。
まかせておけ、縄張りの平和を守るのは群れの長の当然の責よ、タイガーの肉付きの良い背が語っている。きれいに食べ終えた後の焼き魚の骨のようなトラ縞が隆起する。
「あんた、寅蔵というの?いい名前ね」
「!」
「――本当に、あの娘、猫の言葉がわかるのね」
水晶が呟いた。キーマンか、あるいはクールガイのどちらかが事前に話していたのだろう。しかし事実を目の当たりにしてなお、水晶の目には、不信の光が色濃く浮かんでいる。
「全部を聞き取れるわけじゃない」水晶の不信を感じ取ってか、この間と同じ説明を風彦が繰り返した。
「すごいだろう」くがねは得意気に、ふふ、と喉を鳴らした。
最初の時も感じたことだが、話が事実であるならそれはとても危うい。犬歯が軋む。情報が正確に伝わっていたとしても思わぬことからミスは起こる。それが中途半端な情報伝播であるというのなら、危険性は言わずもがなだ。使う人間の資質によっては、じゅうぶん毒になりうる。
「その中途半端な力が危険だとは思わないか」
今度は上手く聞き取れなかったようだ。風彦の方を一瞥し、風彦がなにかしら助言をした。
「こうみえて小、中のどの学校でも人気だった。高校の時は、まあ、あれだったが」くがねの声が後半しぼむ。
「おおよそ半分くらいの確率で猫の言葉がわかるから、学校の内外を問わず、大人気だったと彼女は言いたいのだ」慌てて風彦が注釈を入れた。幼児期ならいざ知らず、十代半ばにもなれば少なからず猜疑の心を持つ。半分の確率でもてはやされるのは高校球児の打率ぐらいなものだ。くがねの声が小さくなった理由が見えた。一時期はやったニャウリンガルなる玩具だってそれくらいの当たり判定ははじき出す。
場が妙な雰囲気に包まれ、会話がどちらからとなく、滞る。
「――いいだろう、仕切り直しだ」
こちらがなにかしらの行動をするよりも早く、くがねは身を翻し、足早に歩き出した。こちらとある程度距離を置いた後、何かが気になったのか少し体の向きを変えたり位置を数歩ずらしたりしていたが、ようやく納得できる位置を見つけたらしく、独り頷き、その後でゆっくりとこちらへと歩いてきた。
ひときわ強い風が一陣、公園の中を迅る。今を盛りと繁る落葉樹が、風の勢いのあまりの強さに葉を数枚手放した。
くがねの黒く長い髪と黒服が、ちょうど吹いた西風であおられて長々と横なびきする。ただモノならぬ妖しさが、周囲に漂った。
「――この群れのリーダーはどいつだ」
「――この人、本当に大丈夫なヒト?」
今度は真剣に、ミイコが訊いてきた。
――さあ?以外の言葉が浮かばない。
「怖いもの知らずでも、やめておいた方がいいわよ、ミイコ」水晶があきれ顔で言った。
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