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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
3/100

邂逅の3

 「失礼する、じゃない。少しは私の勇気をくんで、話くらい聞こうとは思わんのか」

 「あのな。そんな上からこられたら、この先お前が会うであろう誰もが、きっと『失礼する』と言うだろうよ。物珍しさが勝る子供以外はな」

 猫は少し思案する素振りをして口を閉じた。

 こちらはこちらで釈然としない気持ちと、この不可思議な状況を整理したい欲求がないまぜになっていた。しかしいったんここを立ち去るべきだろう。どう考えてみてもまともな状況とは思えない。正直、気はまったく進まないが、実際問題として「そっち方面の病院」を訪ねるべきなのかもしれない。そんな不安が頭に浮かんで、消えずに残る。

 直後、背後で、ひどく情けない、細く長い、音が聞こえた。

 それが腹の虫の声だと、すぐに気づく。振り返るとばつが悪そうにうつむく猫。

 なんだそりゃ。一気に緊張がフイになる。

 「腹が減ってるなら、『腹が減ってる』と素直に言った方が伝わると思う。少なくとも今のこの国じゃそのほうがいい」

 自分が親に言えないことを他人には言える。きっと今自分は目の前の猫以上にばつの悪い顔をしているかもしれなかった。


 猫にとっては味の濃いはずの揚げたチキンを、両手?でむしゃぶり、ついた脂分を、(そこは実に猫らしく)丹念に舐めとる。

 念のためふたつ買っておいたチキンをビールとともに流し込むと、絡みつく視線に気づく。

 「なんだよ」

 「その、金色の缶は、飲み物か?」

 「そうだ。ビールという」

 「ずいぶんと美味そうだが」

 猫の目が真剣で、半ば仕方なしに手に持った缶を渡す。猫は器用に受け取ると、躊躇わず缶をあおる。

 「ぱっはぁ――ッ!くぅ――ッ!」

 猫は、らしからぬほど豪快にビールを飲み、そして、干したようだった。

 「なんだ、これは!最高だ!私はこの時のために生きておったのかもしれぬ」

 「葛城ミサトかよ」

 「かつらぎ?」

 覚えず苦笑する。

 空になった後も猫は舌で飲み口を何度もなぞっている。そのたびにザリッ、ザリッという音がした。

 こいつは化け猫というやつなのかもしれない、と思う。いつ襲いかかられてもいいように身構えだけはしておく。

 「これは、美味いな」

 あきらかにもう一本をねだる視線が、猫から発せられる。眩しすぎて、直視できない。

 「もう一本くれ」

 「遠慮するという文化はないのか?」

 「『要求があるなら素直に伝えるべきだ』と言ったのは誰だ。私はそれに従ったにすぎん」

 この野郎。

 仕方なしにビニール袋からもう一缶エビスビールを取り出し、猫に渡す。嬉しそうに受け取った猫が、はたと正気にかえったのか、こちらを直視してきた。知性を含んだ端正な顔つきだ。長らく猫を見てきたが、目の前の猫は群を抜いてそう感じさせた。

 「どうした。いまさら遠慮なんてするなよ」

 「そうではない」

 「感謝の言でも述べるつもりか?そういうのは別に要らない」

 「そうじゃない。私のこの手でこれをどうやって開けろというのだ」

 「はッ!」吹きだした。

 それはそうだ。その手(?)じゃ無理だろう。しっかり猫なのだから。



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