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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
29/100

今そこにある危機~僕~の1

 最寄り駅まで歩いて五分。電車で約十分。ハローワークまではそれからさらにバスで十分。地方都市は移動だけでひと手間かかる。免許はあるので車を買えばもう少しくらいは便利になるのだろうが、先立つものがなければそれも叶わない。移動中の冷房と外気温の差でたちまち体調不良になりそうだ。

 明日まではカンカン照りが続く予報だ。日本列島の西から徐々に雨雲が来て、そこからしばらくは雨が続くのだそうだが、それはそれで歓迎できない。外に出かけるのに天気が悪くて良いことなんてひとつもないからだ。

 僕の緑色の古いiPodには新旧のアニメソングが、メモリ限界、目一杯入っている。歌手の名前は知らなくとも、イントロを数秒を聞いただけでアニメの題名と監督の名前を即答する自信があった。

 街を歩いていると流れてくる音楽。街ゆく人のほとんどは、流れている曲を歌う歌手の名前をうろ覚えのように呟く。そして僕はといえば、その曲が何というタイトルのアニメで、どのシーズンで使われたOPかEDなのかを違えず言い当てる。

 昔に比べれば、随分とビッグネームの歌手やグループがアニメソングを歌っている。背景にアニメ音楽の変容がある。主題歌でタイトルを声高に叫んでいた音楽はすでになく、内容を微かにトレースした名残りだけの主題歌が趨勢を占めている。そういえば『ヤマトタケル』というアニメの主題歌をあのGLAYが歌っていた記憶がある。アルバムで見ないことを考えると黒歴史入りしてしまった曲なのかもしれない。考えてみればこの時代の歌がちょうど変遷の頃にあたるのかもしれなかった。

 「ヤマトタケル!」とGLAYが熱唱するのを聞きたくはなかったからそれはそれでよかった。

 鼻歌まじりで街を歩く。iPodからは黒子のバスケの「Can Do」が軽快なリズムを刻んでいた。

 「あなたの履歴書に興味を持ったので、こうして面接に来ていただきました」と午前中に受けた会社の面接で担当者は言ってくれた。これまで幾度もお祈り続きで、面接まで進めたのは久しぶりだった。まさかの好感触もあって、気分は無駄に高揚していた。

 「まあ、やったことのない仕事だけれど、なんとかなるだろう」まだ採用通知も届いていないのに鼻息は荒い。

 正直なところ、郵送した履歴書が送り返されて来たり、厳正なる結果……という文面を見る度に、ズンと心が重くなる。不採用の通知がかさんでいくにつれ、自分はもしかして世間から必要とされていないんじゃあるまいか、なんて言葉も浮かんでくる。不安からみだしてくる劣等感は体を少しずつ腐食していくものだ。

 「有り体な履歴書じゃなかったことが良かった。最近はどの履歴書を見ても同じ事ばかり書いてあって。そういうのは食傷するんです。その点、あなたの履歴書はなんというか、一味違っていた」

 面接担当者の言葉に、「実はただ正直に書いただけです!」と叫びたかったが、当然やめた。

 人はそれがどんな些細なことであっても、なにかを認められれば自信になるものだ。あとはそれを大事に育てていけばいい。

 今では武道館を満員御礼にするあのロックバンドグループだって、デビューはアニメソングだったのだ。なにかを成功させて、彼らも前に進んだのだ。

 僕もきっと、これからはすべて好転していく。そう思えた。

 

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