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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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今そこにある危機~猫~の4

 同居人やつと合流したのは、奇妙な出会いを遂げた公園からの帰りだった。最寄駅から自宅への帰り道からこの公園は少し外れにある。にゃあ、と声をかけると、こちらに気づいたらしく、軽く手を上げた。公園そばのセブンイレブンへ寄るところだったようだ。

 なんだかんだ言っても、コンビニはカップ焼きそばの珍しいやつがすぐに入るから、という理由だったが、それなら自宅から近いミニストップでも構わないはずだ。

 そのあたりを軽く示唆すると、「わかってないな」と、やつは鼻で笑う。

 以前私の行動を『感じ悪い』と言った記憶はもうないのかと疑いたくなる。

 さておき今日の出来事を話すと、やつは思わず胸が悪くなるような形容し難い笑みを浮かべて「双子設定か」と言った。どうやら今日受けてきた面接の感触が思った以上に良かったらしく、今はささやかな面倒ごとなどは頭に入らないようだ。出がけにあれほど「とても僕に合う仕事とは思えない」と嘆息していたのに、現金なものだ。

 仕事ならなんでもいいのか、と言ってやりたかったが黙った。最近私でも気になる程にやつの両親の態度が冷ややかだったからだ。

 気にしなければ済む話なのにそうしないのは、やつもまた世間の体裁を気にする性格を持ち合わせているからなのだろう。「自分の希望する仕事を探して就職する」というスタンスを「とりあえずなにかしらの仕事をする」という考えにシフトさせたのかも知れなかった。

 そんなことをしたとて長続きなどすまいに、とも思うが、やつの心情を察するにそれもやむを得ないことなのかも知れない。この国を知るにあたり気づいたことがある。この国にあって仕事をしていない人間種達への世間の風当たりの強さは、どこか異常だ。

 誰もが自身に合った適職につけているわけではないのに、周囲はここぞとばかりに仕事を辞めた者達に「お前は我慢が足りないのだ」と言う。稼がないと生きていけないから仕方なしに場当たり的な仕事をするが、場当たりで選んだだけの仕事であるが故に、自分に合わなければまた辞めてしまう。

 溜まり場にしている公園のホームレスしかり、街角ですれ違うOL女子しかり、往来で電話片手に幾度も頭を下げて謝り続ける会社員しかり、一旦ことが済んで息をついた次の瞬間には、誰もがこぞって愚痴と不満と未来への不安を口にする。

 愚痴と不満と不安しか言わない今の仕事環境を憂いこそすれ、職を失うことを恐れるあまり、大事なところでは口をつぐむ。この先、フラストレーションが溜まる一方の職場で、我慢に我慢を重ねて、そうして死ぬまで働くというのだろうか?

 こうと認識してしまえば体の方を合わせる生き方をする。かつて同居人やつが口にし、私が説教したくだりを思い出す。

 それは地獄ではないのか。

 天上の蓮の咲く池から蜘蛛の糸が幾万本も垂らされている。糸には当たりハズレがあり、当たりを引くと幸せな天国、ハズレなら地獄。人が群がって糸が切れても地獄。天国を目指して我先にと押し合いへし合いする多くの犍陀多かんだたたちを見ても、私はそれを逞しいとも美しいとも評さないだろう。

 そんなよくわからないことを考える時、私は今ここにある姿が猫で良かったと思う。

 気がつけば生きていて、大抵は、そうと知らぬ間に死ぬ。猫の暮らしはいたってシンプルだ。苦労は多いが、複雑ではない。

 だからこそ、それがこの国に生きている全てのものたちに当てはめられないことが不幸でならない。私には同居人やつの選択が、泳げもしないのに海に飛び込み、寄せてくる波にすべなく飲まれてあっぷあっぷする間抜けの所業に思えた。

 溺れてもそこにわらはない。

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