今そこにある危機~猫~の2
猫は基本的に耳目、鼻とそれぞれ感覚が鋭い生物だ。体の各器官が周囲の環境に対して鋭敏であるがため、咄嗟の行動が迅速で、一度持った警戒心をしばらくの間忘れない。たまに古の剣豪のように人一倍強い警戒心を肉球の奥に隠す達猫もいるが、そんな猫は稀だ。
しかし、そんな達猫でなくとも、この突然に現れた女の存在は脅威と言えた。
気配が、しなかった……だと。令和まで連綿と続く人気格闘漫画の定番台詞が脳裏に浮かぶ。
剣桃子によく似たその女は「あんたから良くない臭いがしたんだよね。ま、結果的にあんたじゃなかったみたいだけど」ふいッと背を向ける。じゃれているうちに動かなくなった鼠が「ああ死んだんだ」とわかって、途端興味をなくす猫みたいに、あっさりと。
「邪魔したね」と言ったのは女のとなりにいた緑色をした猫だった。落ち着いた口調で、まるで女の保護者がこっちの猫ででもあるかのように錯覚させる。
「珍しい毛色だ」との私の問いかけに、緑色の猫は少し首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。
「君には僕が何色に見えるんだい?」
妙なことを言う、と思った。視線がちゃんとこちらに向いている以上、目が見えていることは明らかだ。そうである以上、自分の毛色が自分で見えないはずはない。
「緑色だろう?初めてお目にかかる」
「そうか、君にはそう見えるか。僕は風彦」
話をしていて苦にはならないが、その辺の猫とは明らかに雰囲気が違う。自然、気は張ったままになる。
「名乗ってもらったのに申し訳ないが、私にはまだ名乗れる名はないのだ」
「ふうん。その割に君からは人の匂いがするね」
「同居人がいる。そのせいだろう」
横から鋭い声が飛ぶ。
「風彦、いつまでもその『名無し』にかかわってるんじゃない。当てが外れた。もう行くぞ」
女だ。
「あの女は、猫の言葉がわかるのか?」そんな奴は今まで一人もいなかった。そうだとすれば迂闊にしゃべっていたことは筒抜けだったことになる。余計なことを口にしていなかったか会話を思い返す。
「そこは安心しろ。くがねは、ところどころをなんとなく聞き取れるだけだ。話したことのすべてを理解してはいない」
「それは迷惑の最たるものじゃないのか?」
くがね、というのか。わずかであれ、猫の言葉を理解するということであるのなら、注意しなければならない。せめてこの女の素性や立ち位置がわかるまでは。
立ち去ろうとするくがねと風彦の前に、さっきまで木陰で寝転がっていたタイガーが立ちはだかった。
「おっとセニョリータ。あなたの相手は俺様だろう?浮気はいけねえな、いけねえよ」
その場に居合わせたくがねと風彦、キーマンやクールガイ、そして自分。猫語のわからない森本以外、全員が、タイガーに対して思ったことだろう。
『多分だけど、タイガー絶対それお前の勘違いだから!』、と。




