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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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僕の、ある夏の一日、の1

 それは本当に偶然の出来事だった。お互いの目がたまたま合っただけのことだ。

 「あの」

 声を最初にあげたのは剣桃子の方だった。こちらと目が合ってしまったがために、立場的に言葉を発するイニシアティブを有しただけにすぎない。動物愛護センターの職員は分類的にお堅い。多少にかかわらず、苦情なんてものは受けたくないだろう。

 「この間はすみませんでした」

 どうやら今日は佐藤次郎はいないようだ。

 「僕になにか謝るようなこと、したんですか?」

 意地の悪い返しに、剣桃子は慌てたように両手を自分の胸の前で小刻みに振ってみせた。

 「いえいえ!決して」

 「じゃあ、いいじゃないですか。普通に話してください」

 嫌な奴と思われただろうか。剣桃子は唇をぎゅっと結んで視線を左に切った。彼女の眼鏡のむこうで、大きめな瞳が動く。

 剣桃子は名前の勇ましさとは裏腹に決して気が強い方ではないのかもしれない。言葉に詰まって視線を戻そうとしない。さすがに罪悪感がもたげてくる。

 「すいません」

 「いえいえ、こちらこそ!」

 ぱっと笑顔が咲く。さっきまでの表情とのギャップに思わずやられる。厳格な規則の多い仕事なのだろう。好むと好まざるに関係なく、断行すべきことと遵守すべき事柄が決まっていると、そこに人間らしい感情をさしはさむ余地はなくなる。きゅっと自分の胃が縮む。

 それは、自身の経験則から、よく知っていることだ。

 本来、人はもっといろいろなことに、ゆるやかかつ寛容であるべきなのだ。

 しかしそのことを選ぶのも決めるのも、最終的には彼女だ。

 「アニマル・キラー、捕まって良かったですね」障りのない話題を振る。接点はさしあたりこの事しかない。

 「あの。決して私どもはあなたが犯人だと思っていたわけじゃないんですよ?」可能性の全否定をしないなら、彼女の発した言葉は適切とは言えない。弁解の仕方でうかがえる彼女の人間性から「ほかの適職を探したほうがいい」という言葉が浮かぶ。

 挨拶も済んだのだから立ち去ればいいのに彼女はそうしない。こちらに好意があるからそうしているという気配もない。少し歩いてみると、つられてついてくる。自販機でコールドの缶コーヒーを買って手渡す。

 「私にですか?」

 彼女は、たまに見かける「空気を読めない人種」なのかもしれない。自分の中に咀嚼できないことを抱えていて、そのことを吐き出すまでその場を決して離れようとしない人種。

 この類の人種のタチの悪いところは、本人にまるでその意識がないことだ。悪気なく無遠慮に生きているのに、自分では精一杯セーブしていると考えている。だから、自分が相手に対して困った印象を与えているにもかかわらず、本人にその自覚はまるでない。

 素直にコーヒーを受け取り、さも自然であるかのようにベンチの隣に腰掛ける。無駄に眩しい笑顔に、戸惑う。

 「あの、まだ僕に何か用が……」

 「あそこにいる猫たち!」

 突然立ち上がり、剣桃子は公園の端に指先を向けた。

 指し示す先には、威嚇の声を上げて互いの尻尾を追いかけまわす猫たちと、それを眺めて歓声を上げるホームレスたちの姿があった。

 そういえば昔の童話に、木のまわりをぐるぐる回って最終的に何故だかバターになってしまうトラの話があったことを思い出す。

 あれは、なんという童話だったろう。すぐには浮かばなかった。

 

 

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