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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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私の、ある夏の一日~猫~、の3

 ワーキング・プアという言葉がこの国に広まって久しい。

 働いていても何故だか生活にゆとりがない。月給いくらと謳っていても、実際の手取り金額は驚くほど低いのがこの国だ。市民税、県民税、所得税に健康保険料、さらに加えて介護保険料に年金保険料。引くわ引くわのオンパレードに、買い物をすれば消費税がかかる始末。

 年老いて、第一線を勇退すれば年金で生活できると踏んでいた労働者にも悲報が降りかかる。

 期待していた頼みの綱、年金支給年齢の引き上げだ。支給される年齢が年々引き上げられる姿は、ゴールだと思って懸命に走っているリレーのアンカーが「まだもう一周あるぞ」と言われて落胆するランナーの様子に似ている。一周だけならともかく、最近は突然数周増えるなんてこともあって、そこに追い討ちをかけるように年金制度の廃止などという話題も囁かれてくると、時折狂ったように政府のばらまく数万円の金には釣り針が仕込んであるのじゃないかと疑いたくもなる。事実、年金制度のいくつかはすでに、特例一時金を配って消滅してもいる。

 返ってくる金があるだけまだいい。今の若年層は給料から天引きされるだけされ、もしかすると戻ってこない金になるかもしれないという恐怖を抱えながら働かされている。

 「生きてるだけで金がかかるんだもんなあ」とこぼすのは公園に居を構えるホームレスたちだ。年齢が年齢だとまともな就職先もなく、時折募集される日雇いの仕事でどうにか息を繋いでいる。

 「俺たちなんかよぅ。猫くらいしか相手にしてくれねえしよぅ」

 ハードストレイキャッツの溜まり場にホームレスが来るようになったのは景気が底冷えた去年の暮れぐらいからだ。公園が無駄に広いせいもあって、最初の段ボールの家は、公園の本当に端っこの金網沿いに、目立たないよう配慮した格好で建てられた。景気が悪化していくにつれ、金網沿いに段ボール長屋は増えていき、この夏にはついに五棟になった。

 野良を気取る猫の集団と人間のドロップアウターは、いつしかともに青空を屋根とするところで意気を投合させた。というより、猫はそんなことはお構いなしに、美味そうな餌が手近で手に入れられる餌場として利用していたにすぎなかったのだが。

 猫たちに通称ゼン爺と呼ばれている老人がいる。この公園の最初の住人だ。普段はどこか品を漂わせているこの老人も、この夏の暑さでおよそ衛生的な生活は送れていない。公園の川やトイレで定期的に体を洗ったりはしているが、そんなことくらいでこの夏は赦してくれそうもなかった。

 「文明を持ちえない人類は今年を限りに干からびろ、と言っているのかもしれんな」

 「それ冗談になってねえよゼンさん」

 さやさやと風が優しく公園の広葉樹の葉を揺らす。つかの間の涼が肌に触れるが、そんなものは一過性のものにすぎない。公園に隣接する住宅からエアコンフル稼働の機械音が響いてくる。

 「少なくとも俺らぁ地球には優しい生活をしてるんだがなぁ」と汗を拭く。

 猫が公園をゆっくりと歩いて、芝生のあるホームレスの長屋へ近づいてくる。

 「おお、あれは寅蔵だ!寅蔵~!こっちで水でも一杯どうだ」

 「シゲさん。暑くて人がいないからって大声を出したら駄目だ。ただでさえ住みづらくなってるんだ。ここだって、周りに目を付けられたらしまいだ」ゼン爺はそうたしなめたが、ここにはそう長居できないだろうという思いは到底拭えないものになっていた。

 タイガーはホームレスたちに寅蔵とらぞうと呼ばれている。ダサいネーミングセンスだが、いくら人間を引掻いても噛みついても理解してはもらえないから、こっちが折れるしかない。

 シゲさんがタイガーに差し出してきたのはオイルサーディンだった。

 それじゃまあ許してやるかという気にもなる。

 「今日はサーディンか。爺さんたち給料でも入ったか?」いつ来たのかクールガイとキーマンが居た。

 「おいおい、増えたからってケンカぁするなよ?」と、シゲさん。

 「なら、ケンカさせないようにもっとよこせ」もちろんキーマンの不敬な台詞もシゲさんには「にゃあ」としか聞こえない。

 「油、舐めすぎだろう。タイガー、遠慮しろ」

 「なにを!後から来た分際で!ハードストレイキャッツのリーダーは、このタイガー様だぞ!」

 「寅蔵の間違いだろうが!」

 「貴ッ様!俺様はタイガーだ!二度と、その名で呼ぶなッ!」

 「とらぞうちゃぁ~ん」キーマンがふざける。

 「もはや赦さん!」間髪をいれず、タイガーが猛然とキーマンに襲いかかった。

 ちびくろサンボのトラバターのように、猫同士がぐるぐる回る大喧嘩がはじまると、娯楽に飢えたホームレスたちはやいのやいのの大騒ぎを始めた。ゼン爺はため息を吐き、諦めの表情を浮かべた。

 個猫こじんの尊厳を害されたことへの報復という、意味のある戦い。

 残念ながらその場に居合わせた全てのホームレスには、猫が「にゃあにゃあフーフーぎゃあぎゃあ」と言ってるようにしか聞こえてはいない。

 「にゃあにゃあフーフーぎゃあぎゃあ!」


 

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