私の、ある夏の一日~猫~、の2
「湿った横丁」のつきあたり。
どくだみが大葉に変わるその先に水晶の突占がある。草の質があきらかに変わるその場所は、道のつきあたりにあるにもかかわらず、どこからか風が吹き、一瞬たりとも止むことはない。
「湿った横丁」と言われているが、この辺りは名前とはうって変わって一転からりとしている。
水晶は、こちらに気づくと青い瞳で一瞥した。
「来ると思っていたわ」艶のある毛並みが木漏れ日の光に当たり、甲虫の背中のような色味で照り返る。
「でもね。前にも言ったけれど、あたしの占いはあなたには嵌まらないのよ。何故かは私よりあなたの方がよく知っていることなのでしょうけれど」
「ここと一緒で、私の道先も突きあたりの行き止まりなのかもしれん」
「そうね、なにせ辻占ならぬ突占ですものね。この路地に抜ける道があるとすれば――」そう言って水晶は広がる青空を見上げた。
「来た道程を戻るというのもある」そんな気がないのは水晶にも知れたらしい。クク、と喉を鳴らす。
「ジョン・ドゥ」
「あいにくまだ私は死んでない」
「そうね、今はまだ、ね」
「生あるものなら、いつかは死ぬさ、そうだろ?」
「ずいぶんとかぶれてるわね」
「同居人がフリークでね。パーソン・オブ・インタレストとスーパーナチュラルの二つは、さしあたりコンプリートした」
また微妙なチョイスを、と水晶は目を細めた。去勢されていないオスでここまで理知的な猫を彼女は知らない。今の時世、ひたすら盛って腰を振るだけのオスなどは、メスにとってもお呼びでないのだ。そう言った意味で、ジョン・ドゥ(彼女が勝手にそう名付けた)は好ましい。
「もう知っていると思うが、ミイコさんが戻った。それと……」
「アニマル・キラーも捕まった、でしょ?」
ニュースで放送されていることなど、水晶には遅すぎる情報だ。いや、彼女の言い分を使うのなら「それはとうに占いで見えていたこと」ということになるらしいが。
「あなたが心配しているのは、『これでゼンさんたちも気が楽になるだろう』ということなのでしょうけれど……」水晶の言葉をジョン・ドゥは遮った。いい意味で気分が昂っているのか、普段の落ち着きがないように感じられた。
「犯人が捕まったのなら強行はされないだろう。アニマル・キラーが捕まったタイミングが良かった」
先に公園に行っている、と残して立ち去る奇妙な柄の三毛猫を眺めつつ、水晶は大きく息を吐いた。
「頭が良くて、性格も良くて、でも肝心なところで考えが甘ちゃんなのよね」
物事が好転したと思った途端、思わぬところでとんでもない大穴が口を開いている。そのことをこれまで多くのホラー映画が教えてくれているのに決まって叫び声を上げてしまうのは、見ている者にどうしようもないマゾっ気があるのか、あるいはキスシーンでハッピーエンドになるラストに心の芯までどっぷりと浸かってしまっているからなのだろうか。
現実にはいつも続きがあるというのに。