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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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私の、ある夏の一日~猫~、の1

 几帳面というか、こういうのを「生真面目」というのだろう。そいつは前の日にどれだけ大酒をかっ喰らっても、目覚ましのタイマーなしで大抵朝の五時にはむくりと身を起こす。

 世間一般の人間種のように禄をんでいるわけではないのだから、私の友人たちがそうであるように、時間という概念から外れた生活を送ったとしても誰も咎めないと思うのだが。

 カーテンを指二本分だけ開けて陽の光と空の様子を伺う。ベッドで寝たふりをするこっちを見て、カーテンから差し込む光が私に当たらないことを確認して、ジャージに着替える。

 たとえ寝ていたところで、御母堂が洗濯の際使っている柔軟剤とやらの匂いが部屋を横切るから、私の鋭敏な鼻はこいつが起きて日課にしている散歩(ウォーキングと本人は言っているようだが)に出かけるのだと気づく。散歩の途中で雨が降るかどうかは、私の髭に従う。

 雨が降りそうならこのまま眠り、そうでないなら、最近ふっくらとしてきた自分の腹腔のために散歩につきあう。まあ、散歩の場合、帰りにチキンとビールを買うから、結果、体重は「とんとん」といったところか。

 朝七時、決まっているかのように家族はダイニングに集まり、朝食をとる。家族は、やつとその両親の三人。こじんまりとした二階建て住宅に暮らしている。御尊父は口数が少なく、息子やつと直接口を利いているのをこれまで見たことがない。一見何を考えているかわからなそうな人だが、私には優しい。この間は刺身のマグロの赤身をくれた。ワサビと醤油がついていなかったことが残念だが、「つけてくれ」とも言えないから、仕方がない。

 平日、やつは決まって午前中に出かける。ハローワークとかいう職業斡旋所に行くらしい。家に居ても職探しはできるようだが、あえてそうせずに出かけるのにはやつなりの気持ちの置き方があるからなのだろう。この暑いのに御苦労なことだ。

 やつが出かけた後は私のプライベートな時間だ。最近は部屋でレコーダーに録画してある過去のアニメを区切りの良いところまで見て、飽きたら出かけるようにしている。やつのコレクションはあまりに膨大で、一区切りを自分自身で決めないと延々終わりが見えない。最近覚えたことだが、録りっぱなしになっているテレビ番組は、リモコンでCМをとばして見ると時短になりストレスが軽減される。猫の時間は貴重なのだ。

 外へは一階の玄関からではなく、あえて縁側から出るようにしている。咎めてくる家人は誰もいないが、出がけに御尊父と目が合うと、決まって「車に気をつけていけよ」と声がかかる。

 「にゃあ」と答えると「お母さん、あいつ言葉わかるぞ。頭いいなぁ」とわざわざ家奥に居る御母堂に声をかける。

 アスファルトを避けて公園へと向かう。猫は自分の道を持っている。家と家の間や塀の上、わざわざ車の多い往来を行く猫は横着者だ。実際これだけ暑い日が続くと、苔やドクダミの生えた日陰の狭い猫路地を選んで歩くほうが涼しくていい。ドクダミの臭いが多少きついが、炎天下を歩くよりかはましだ。

 目的地が同じだった場合、ハードストレイキャッツのメンバーと途中で合流することもままあることだ。案の定、キーマンと出会う。

 「よお。この間は悪かったな。まさかミイコが病院に連れていかれてたとは知らなくてよ」

 なあに、と返す。

 「それよりお前はどうなんだ?もうほとんどあの家の飼い猫扱いになってる話じゃないか」

 「ミイコの家のか?よせやい。男一匹流れの俺は、雨露しのぐ軒があれば良いってね」

 得意気に笑うキーマンの左耳には切られた跡がある。昔やんちゃした勲章だと本猫ほんにんは言うが、私は去勢された猫の耳がそうされることを知っている。しかも普通、オスは右耳を切られる。

 誰にでも触れられたくない過去のひとつやふたつあるものだ。

 キーマンとはそこで別れた。

 公園に行く前に、この「湿った横丁」のつきあたりにいる水晶に用があったからだ。

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