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オタクな僕と奇妙な猫  作者: 大原 藍
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そして迎えるエンドロール

 買い物を済ませてコンビニを出ると、自転車の籠にいたはずの猫の姿が消えてしまっていた。

 もしかして落ちたのかと心配になって周囲を見渡すが、駐車場にも道路にも猫の姿はない。

 

 声を上げて呼びかけようとして、一瞬体が止まる。


 こんな時にかけてやるべきあいつの名前がない。


 呆然と立ち尽くす僕に、コンビニから出てきた桃子が駆け寄ってきた。

 

 あいつが、いなくなったんです。

 

 あいつって、同居猫(どうきょにん)さん?


 はい。動けるような体じゃないのに。


 探しましょう。そう言葉を発した後の剣桃子の動きは驚くほど迅速だった。

 当事者の僕がもたついている間に、猫の行きそうなところを片っ端から探し始め、それでも見つからないと判断するや、同僚の佐藤次郎や姉のくがねらに連絡をして、捜索網を敷いた。ネットのハンターサイトに情報提供を呼びかけもした。


 交通事故の情報を手繰り、猫のたまり場になっていた公園にまで捜索の範囲を広げ、公園管理者予備軍になっている元ホームレスたちにも協力を仰いだ。

 捜索は、太陽が沈んで公園に設置されたすべての街路灯が点灯するまでおこなわれた。しかし猫の行方は杳として知れず、呼びかけも目撃の情報もすべて空振りに終わった。


 太陽が沈んでから、ちょうど一時間が経った。


 ようやく、くがねと風彦が現場に現れた時には、すでに捜索隊の顔に疲れと諦めの色が浮かんでいた。


 「いなくなったんだって?」

 顔面蒼白の僕の肩に、くがねが優しく右手を添えた。

 

 大丈夫。普通の猫ならともかく、あいつは、そんなのじゃない。

 

 足元で、風彦も小さく頷く。

 

 じめっとしたイヤな感覚が体にまとわりついてきていた。

 空から赤味が完全に失せ、青から紫、そして群青から紺青へと変化していた。

 秋の訪れを告げる虫たちが競うように声を上げ、その中で微かに一匹、すでに季節を外したセミの声が響く。


 風彦が、クールガイと水晶、キーマン、そしてタイガーとなにかを話していて、それも落ち着いたのかこちらに歩み寄ってきた。


 「タイガーが、あいつと最後に会ったらしい」

 風彦の言葉を聞いたくがねの顔が真っ青だ。


 「最後って、どういうことだよ」

 くがねの肩をつかみ、乱暴に揺さぶる。目は、正気を失っていたと思う。


 風彦がまたひと言「にゃあ」と鳴いた。


 タイガーが言うには、『ジョン・ドゥは、門をくぐったのだ』と、言っている。


 「門をくぐったって、どこの門だよ」

 近くに門構えのしつらえのある屋敷はそう多くない。

 ここまで考えて、ようやく少しだけ、頭に空白が生まれた。


 「門って、まさか……」


 公園の南側に流れる小川の少し北側。

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」と、かつて剣桃子が言っていた、()()から、一筋の眩い光が中天に向けて、ひゅーっと上がって、消えていった。


 それはあまりに突然で誰も予測していないことだったから、公園にいて猫の捜索を続けていたほとんどの人が見ていなかったし、気づいて目を向けた頃には光は視界から完全に消え去ってしまっていた。


 見た?と、くがね。


 見た。と、僕。


 風彦をはじめ、その場に居合わせた猫たちは全員、その光を確認していた。


 僕たちは急いで対岸へ走り、光の上がった根っこの場所へと向かった。

 暗がりに、まだかろうじて光の粒がゆらゆらと舞っていた。しかしその粒も、見届けるそばから次々消えていく。地面に落ちることのできた粒も、見る間に()()()()()()()芝生の上に吸い込まれていった。


 空を仰ぐ。


 すでにここから立ちのぼった光は見えない。


 空には満天の星が輝くばかりだ。


 光を見た桃子、元ホームレスの数人が、やはり光の出どころへと集まってきていた。


 「門をくぐった猫は、次にどうなるんだ?」


 風彦がまた「にゃあ」と鳴き、くがねが「新しい世界で生まれ変わるんだそうだ」と教えてくれた。



 「そうか、じゃあまた、どこかで逢えるかもしれないんだな」


 あいつはきっと戻ってくる。なにせまだカウボーイ・ビバップを最後まで見ていないのだから。



 次は、あいつに名前をつけてやろう。逃げられても、今度はちゃんと呼び止められるように。

 

 ()の行ったであろう宇宙(そら)を、僕は身じろぎもせず、ずっと眺めていた。


 

 



 


 

お陰様で完結です。最後までお読みいただきました方々に感謝申し上げます。ありがとうございました。

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