婚約破棄マナー講座 ~これを読めばいつ婚約破棄されても安心!~
みなさんどうもごきげんよう。
わたくしは伯爵令嬢のリリアーヌ・ネルヴァルと申します。
さて、昨今巷で大流行している『婚約破棄』。
今や国民誰もが、何時何時婚約破棄されてもおかしくない世の中になっております。
ですが、大半の方は婚約破棄は未経験なはず。
急に婚約破棄されても、どう対処すればいいのか見当もつかないというのが正直なところではないでしょうか?
本日はそんな迷える令嬢のために、わたくしが実体験を交えつつ、正しい婚約破棄のマナーをお教えできればと思い、筆を執った次第です。
本書がみなさんの良き婚約破棄ライフの手助けになれば幸いでございます。
それでは早速参りましょう。
「リリアーヌ、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「そ、そんな!?」
はい。
婚約破棄は大体このパターンで始まります。
因みに婚約破棄宣言をしたのはわたくしの婚約者であり、第二王子殿下でもあらせられるジョルジュ様です。
シチュエーションとしては、夜会の最中に何の脈絡もなく、突然ジョルジュ様が婚約破棄宣言をなされたというものになります。
何故婚約破棄という一大事を、よりにもよって公衆の面前で披露するのかというツッコミは明確なマナー違反です。
婚約破棄とはそういうものなのです。
ここはツッコミたい気持ちはグッと堪えて、「そ、そんな!?」という悲壮感溢れるリアクションを返すのがマナーです。
「り、理由を、理由をお聞かせくださいジョルジュ様!」
はい、今のも大事なポイントですね。
こうして理由を尋ねることで、会話をスムーズに引き出すのです。
「フン! 自分の胸に手を当てて聞いてみろと言いたいところだが、敢えて僕の口から言ってやろう。――君がポーラに陰で陰湿な嫌がらせをしているからだよこの痴れ者め! 見損なったぞリリアーヌ! 見ろ、可哀想に、こんなにポーラが怯えているじゃないか」
「嗚呼、ジョルジュ様」
男爵令嬢のポーラが、目に涙を浮かべながらジョルジュ様にしなだれかかります。
なるほど、確かにそれが事実なのであれば、婚約破棄したくなる気持ちもわからないでもありません。
ただここで一つ問題なのは、わたくしがポーラに嫌がらせをしていたというのは、まったくの事実無根だということです。
要はただの濡れ衣です。
ポーラはわたくしからジョルジュ様を奪うために、根も葉もない噂を自ら流したというわけです。
腹立たしいですよねー。
ムカつきますよねー。
ということで、ここは一度反論しておきましょう。
「誤解ですジョルジュ様! わたくしはポーラさんに嫌がらせなどしておりません!」
ここで、「あれ?」となる方もいらっしゃるかもしれません。
「反論するのはマナー違反なんじゃないの?」と。
そうお思いになるのはごもっともですが、実はここでは一度反論しておくのが婚約破棄の正しいマナーなのです。
要はあれです。
スイカに塩を振ったら、より甘みが増すみたいなものです。
敢えてここで一度反論を挟むことによって、より婚約破棄のエンタメ性が増すのです。
この辺が、悪役令嬢の辛いところですね。
「フン! 嫌がらせをしている人間はみんなそう言うんだよ! 往生際の悪いやつめ! 君みたいな者が僕の婚約者だったとは、甚だ不快でならん!」
ジョルジュ様はそんなに何度も嫌がらせをしている人間を目撃されたことがあるのでしょうか?
しかも「婚約者だった」と仰っていることからも、既にジョルジュ様の中ではわたくしは婚約者ではなくなっているようです。
ですが、もちろんここでそれらの点にツッコむのはNGです。
みなさんも段々婚約破棄のマナーがわかってきましたよね?
さて、ではそろそろここで婚約破棄のクライマックス。
あの方の登場です。
「フッ、ではリリアーヌの身は、私が預かろう」
「「「――!!」」」
そこに優雅なオーラを纏いながら現れたのは、第一王子であり、王太子殿下でもあらせられるヴィクトル様です。
高身長の甘いマスクに流れるようなサラサラのブロンドヘア。女性に対してのエスコートも完璧な上、実はおばあちゃん子というギャップ萌え要素もあり。
全令嬢の憧れの的のヴィクトル様が、何故このような場に現れたのでしょうか?
はい、実はこれこそが婚約破棄の最も大切な要素、『ヒーロー役の登場』なんですね。
濡れ衣を着せられ、絶望の淵に立たされた悪役令嬢をヒーロー役が救うシーンこそが、婚約破棄のハイライトなのです。
このシーンを引き立てるために、今までの一連の流れが存在していたと言っても過言ではありません。
「実はずっと昔から、陰ながら君のことを想っていたのだリリアーヌ。どうか今後は私の妻として、共にこの国を支えてほしい。――心から愛している、リリアーヌ」
「ヴィクトル様――」
ヴィクトル様はわたくしの前で恭しく片膝をつき、右手を差し出されます。
ここまでお読みいただいたみなさんなら、この後どうするべきかは、もうおわかりですよね?
「――はい、わたくしでよければ、喜んで」
わたくしはヴィクトル様の右手に、自らの左手をそっと重ねました。
はい、コングラチュレーションズ。
これにてわたくしたち悪役令嬢の仕事は半ば終わったも同然です。
みなさんどうもお疲れ様でございました。
あとは静かにエンディングを見守りましょう。
「しょ、正気ですか兄上ッ!!? その女は陰でポーラをイジメているような痴れ者ですよッ!!」
「痴れ者はお前のほうだジョルジュ」
「え?」
流れ変わりましたね。
「最近私のリリアーヌの悪い噂が出回っていたのは気付いていたからね、部下に調べさせたのさ。――その結果、案の定そこのポーラ嬢が根も葉もない噂を流している張本人だということが判明した」
「「「――!!!」」」
ヴィクトル様は懐から証拠書類と思われる束を取り出し、それをポーラの前に投げ捨てました。
このようにここから先は、ヴィクトル様が全自動断罪機の如く悪人を断罪していってくださるので楽なものです。
それにしても、「私のリリアーヌ」ときましたか。
早速の彼氏面とは、ヴィクトル様もなかなかのものです。
このように独占欲の強いイケメンに溺愛されるのも、婚約破棄の醍醐味の一つです。
婚約破棄の正しいマナーを守れば、こんなにもいいことが待っているのです。
みなさんの中で婚約破棄に対するモチベーションがグングン上がっているのを、わたくしは感じますよ。
「こ、これは……!! あ、あのあのあの、これは違うんですジョルジュ様!!」
「何が違うというんだポーラッ!!? 君は僕を騙していたのかッ!!?」
「いや、お前も同罪だぞジョルジュ」
「……え? あ、兄上?」
「大して噂の真偽も確かめずポーラ嬢の発言を鵜吞みにし、そのうえ王家が決めた婚約を身勝手な理由で破棄するとは――許されざる大罪だ」
「そ、それは……!!」
言いたいこと全部言ってくれますね。
これだから悪役令嬢はやめられません。
「よってお前からは王位継承権を剝奪する」
「そんなッ!!? ど、どうかお慈悲を、兄上ッ!!」
「却下だ。そもそもお前たちは根本的なマナーがなっていない。――そこで私が特別に、『王族・貴族のマナー講座十万時間特別コース』を二人分申し込んでおいた。そこで一からマナーを勉強し直すといい」
「じゅ、十万時間ッッ!?!?」
「わ、私もですかッッ!?!?」
確かにお二人のマナーを矯正するには、それくらいの時間は必要かもしれませんね。
マナーを笑う者はマナーに泣くのです。
お二人にとっても、いい教訓になったことでしょう。
「連れていけ」
「お、お待ちください兄上ッ! 兄上ええええええッ!!!!」
「いやああああああああッ!!!!」
断末魔のような叫びをあげながら、お二人は連行されていきました。
お二人にマナーの御加護があらんことを。
「さて、リリアーヌ、私と一曲踊ってはもらえないだろうか」
「はい、もちろん」
わたくしとヴィクトル様はたどたどしくも手を取り合い、ダンスを披露します。
そんなわたくしたちのことを会場中の方々が、微笑ましい目で見守ってくださっておりました。
はい。
これにて本日の婚約破棄マナー講座は以上となります。
いかにマナーを守るということが大事なことなのかが、おわかりいただけたと存じます。
みなさんも正しいマナーを身に付け、わたくしのような幸せな婚約破棄ライフを送れるよう頑張ってください。
それではまた次回、『聖女追放マナー講座 ~これを読めばいつ聖女追放されても安心!~』でお会いいたしましょう。
みなさんにマナーの御加護があらんことを。
自分で書いてて、マルチ商法の勧誘説明会みたいだなって思いました。