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弟子入り志願(1)

ぼくの魔法で飛んでった方が早いぜ、とアルト師に提案されたが、ツェトラはあえて徒歩を選んだ。

もっと戦いを経験して強化魔法の持続時間を長くしたいと相談したら、魔法の行使に集中する事と無理をしないことを条件に山脈の中腹辺りまで踏破する試みを認めてくれたのだ。


魔法都市から北へと続く山道を行く間も、魔物や猛獣がそこかしこで現れて小隊を脅かそうとした。

ツェトラは散発的な戦闘に少しも心を乱されることなく、人馬じんばに発動させた身体強化魔法を維持するべく腐心ふしんした。

交戦的に強敵に挑んでみたいとまでは思っていないが、ウィバード兄上やローズ姉上に【軍師ストラテジスト】を目指すとはっきり宣言してしまった。

2人との約束を守れないとなると、これはツェトラの本意ではない。


険しい山道を行く探索行たんさくこうを修行の一つとしたかったのは、大いなる安心感があったからでもある。

厳しい路面を歩いての山登りを少しも苦にしない優れた馬が背中を貸してくれる。

守りの技に優れた帝国騎士と最強の肉体を持つ吸血鬼が前衛を担当してくれる。

公私ともに強く信頼する親友が2人もついて来てくれる。

武具の手入れは怠りなく終えたし、防寒対策だってバッチリだ。


北限山脈(ノーザン・エンド)は雪と氷と強力な魔物が幅を利かせる(いきなり低位龍(レッサー・ドラゴン)に出くわしたりする)領域だが、それがどうした──どうやって苦しい旅路を歩めると言うのか。


「ぶっちゃけ魔物も強いし、心配してたけど……そう無茶でもなかったね。良い小隊になってきた」

山脈の中ほどを少数の魔族と人間が協力してこぢんまりと開拓した小さな村に宿を取った夜、アルトが安堵したように言った。

小さな小さな村の酒場が供する高級な酒が、酒豪の頬をほんのりと赤く染めている。


「アルトにそう言ってもらえると嬉しいです……わたしはほとんど何もできていないですが」

「果たして本当にそうかな? ……ま、きみが自分で気づくのを待ってあげるよ」

ツェトラは彼女の言うことがよくわからないまま、師にしゃくをする。


なぜかバーの女将に一発で気に入られてカウンターの向こうで料理を手伝っているエメリットと違って、アルコールを(料理酒も含む)吸い込むとすぐ咳込せきこむのにそうならないあたり、よほど高級な酒に違いない。

発酵させるかさせないかの違いだけで、同じ材料を使ったジュースも置いてあるはずだと師匠が解説してくれる。


……これをきっかけにするか。

さきほどから「どうにかアルトに話しかけたい」雰囲気をこれでもかとかもし出している美しい少女を視界の隅にとらえている。

女将に頼んで氷点葡萄アイス・ベリーのジュースを用意してもらい、少女の方にそっと近づいて、差し出した。


「よろしいのですか」

「お近づきの印に。こちらでお話をしませんか?」

「……ぜひ」


華奢きゃしゃな印象の銀髪の娘が、印象どおりの儚げな笑顔を浮かべて自らの席を立つ。

煩雑な話をけたいのか、それとも無口なのか、アルトに弟子入りしたい旨を簡潔に述べた。


「いいよー」

とても簡単に承諾されて、却って困惑してしまったようだ。

根掘り葉掘り事情を聞かれるのを想定して、緊張したり内心で受け答えの算段をつけたりしていたのだろう。

実はけっこう酔っ払っているアルトに「ぼくのおごりだ、いいから飲め~」とすすめられたジュースを静かに飲み、すっきりとした清涼感を伴う北限のベリーを味わって機嫌を直した。


ツェトラは新しく入門したばかりの妹弟子に、例の如く名を尋ねる。

顔と名前を真っ先に覚えるのが、もと姫君なりの礼儀の始めである。


少しためらった銀髪の娘が、まるで大事な隠し事を打ち明けるかのように慎重に、「……ビシュラ」と名乗った。


寡黙な少女に事情を尋ねるのを避け、風呂は好きかとか得意なことは何かとかの雑談で早く打ち解けようと試みる。

新しい仲間に出会ったら、大小問わず宴を行って親しく歓迎するのが『赤き龍の宴』の流儀──それもあるが、ツェトラが個人的にそうしたいと直感したからだ。

師匠とするにはあまりに気まぐれで奇特な考えを持つ(心地よいほど失礼)アルトにためらうことなく弟子入りを願った彼女に興味を持った。


あと、名前の響きもちょっとだけ似ている。

言動が静かなのとか、背が低くて可愛いのもどストレートで好み……おおっと。


無意識に転げまわる心境が顔に出ているのか、エメもビシュラも静かに笑ってツェトラの様子を見ている。

2022/1/7更新。

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