魔法の扉の先には(3)
退位を決めてからのマクスウェルは、政治経済社交界などの表舞台からものすごい速さでトンズラし、一棟買いしたこの屋敷で隠棲を決め込んでいる。
以前ウィシュメリアが予測(断定)した通りだ。
「ヴァイロン卿をやっつけてやろうとか暴露本を書いてやろうとかは思わないんですか? お父様の心境は以前にお伺いしましたけど、少しも変わらないですか」
「まったくないと言えば嘘になるが……もう、異母弟とは互いに関わらずに済む場所にいる。あいつは俺を嫌ってるし、俺からどうこうしようとも思ってない。『三美姫帝』に全部任せてるよ」
みんな未婚だしあいつらの歳なら『プリンセス』でいいと思うんだけどな、などと他所事を口にして1人で笑う。
「つまんねぇ親父だと思うんだろうな」
「……よくわかりません」
「そうか」
ツェトラは違和感をおぼえた。
いま、お父様はわたしの気持ちを尋ねられただろうか?
「『読心』の"星"は?」
「帝位を降りた時点で"星"も失う。ただの40前の男だ、今は」
「そうでしたか」
おかしい。
お父様に聞いてみたいことがたくさんあったはずなのに。
再会できると思っていなかったからなのか、少しも質問が出てこない。
かと言って、大好きだと言ってあげられるほど彼と関わっていない。
淡々と日々を過ごすのが悪いとも思えないから、彼の現状を指弾することもしかねる。
「困りました。お父様と話をしたいのに」
「言葉が出てこないか。まあそんなものだろうさ。他人みてぇなもんだったろ」
「そう、ですね」
「せっかくだ。心残りでも聞いてもらおうかな。ギャラ弾むぜ」
「ぜひ」
「"星"の継承の関係で契約婚もしたし、側室も2人ほどいてくれたんだけどな。正室とだけは子供ができなかったんだわ」
「それは……どうしようもないですね」
「はっきり言うね。ファンになりそうだ」
「なってください。ついでに出資者にも」
「ははは……なれと言われりゃなるが」
「冗談ですよ」
「リムルの言った通りだったな」
「お母さまは何と?」
「お前を1人で産み育てて見せると。それから心配する俺に言った、」
「……『あなたの世話にはならないわ。大丈夫だと言っているの』」
「よく似てるな」
「そうでしょうとも」
ツェトラは自慢げに鼻を鳴らしたが、南の海で母と父の幻を見たことは決して話さないつもりだ。
魔法の扉が自分達を再び繋いだとすれば、それはどちらかが再会を強く望んでいたからに他ならないのだけど……それもあえて無視する。
いじわるな質問を思い出したのだ。
「訊いてもいい?」
「お前が望むなら」
「お母さまはあなたの手元を離れてしまった。悔しかったですか」
間髪を入れずに男が応える。
「当たり前だ」
「たくさん子供がいたのに?」
「関係ないね。お前の母上はいい女だ、知ってるだろ」
「そりゃあもう。手料理を食べさせてもらったし、勉強を教えてもらったし、たくさん遊んでもらったもの。お風呂だって眠る時だって、ずっと一緒だったのよ。いいでしょー」
「ああーそうだよなぁ。子どもの特権だわ……今さら羨ましくなってきたぜ」
「ふふーんだ。ねえ、お父様にはないの? わたしに自慢できること」
「あるぜー。俺だってただボーっとしてたワケじゃねぇんだ」
「それは?」
「子どもらを集まらせた。世界中に散らばってた10人を1ヶ月で見つけてやったぜ──またすぐ散らばったけど」
「すごいのかどうか分からないわ」
「上は22歳から下は14歳まで、全員の信用を取り戻せた。お前にとっては褒められるこっちゃないだろうけど」
「"星"にも騎士団にも、お姉様がたにも頼らずにそうできたのなら……すごいです、お父様」
「嬉しいもんだねおい。会ってみたいか?」
「はい」
いちばん遅く現れる末の妹を受け入れてくれるかどうかはわからないが、異母兄姉たちが会ってくれるのであれば。
仲良くできるものなら、是非そうしたい。
「よし。今となっちゃお前も冒険者だ、独自の人脈のひとつやふたつも持ってるんだろうが……俺様のコネを使わせてやるぜ」
マクスウェルが白磁のカップをテーブルに置き、筆と紙を手に取った。
2021/12/30更新。




