巻き込まれてラブ・コメディ!?(1)
「ラブコメ体質ってやつなんでしょうね……」
アルトの言葉を受けて、ツェトラがため息交じりに応じる。
ウィシュメリアお姉様が愛好していた漫画は、ほとんどが冒険ものとラブ・コメディだった。
全くの他人、全く違う世界のお話として読んだり見たりする分には楽しくて面白いのだけど……。
いざ目前で展開され、しかも関わってくれと頼まれると、どう尽力したものか大いに迷ってしまう。
とりあえずアーヴィングのことをもっと知る必要があるだろう、との結論を見出して遠慮なく眠り、翌日。
ツェトラ達は"あんまり気が進まないんですよね"と正直に打ち明けた青年騎士の代わりに、半猫族の【忍者】ヒエンの案内を受けて、アーヴィングの実家へと赴く。
かつて帝国の西側に領地を持ち、追放されてはるか東の異郷へ渡ったフォルデとは真逆に、ヒエンは縁あって『青の地』から渡って来たのだという。
詰め所から伸びる分かれ道を東へと向かう途上、アーヴィングに嫉妬したりしないのか尋ねてみると、「拙者は何とも思わぬなぁ」とのんびりした答えが返って来た。
「明確な技や術でないにしろ、副長殿が彼の魅力を高めるための何らかの力をお持ちなのは誰にでも分かる事。部隊の男どもも何とか納得しながら生暖かく見ておるよ。何かと言えばドタバタ騒がしいが──善き哉善き哉」
にんまりと微笑んだあげく、「むろん何人かは歯ぎしりしてるがね」とおどけて笑わせる。
【忍者】であるからにはヒエンも苛烈な鍛錬を積んで来たのだろうが、上司と同じく苦労や暗さを欠片も見せない。
それこそが美徳であると示すかのように、帝国騎士たちは皆、明るく陽気である。
歯ぎしりしているという何人かの者達も、理由や事情が分かっていて、歳若い上司のラブコメ体質を楽しく見守っているのだろう。
なるほど、ヴィルジーナお姉様が帝国騎士団を愛しておられるわけだ。
ツェトラは内心、膝を打つ思いであった。
一人ひとりの練度が高く、人間関係も良好で、常に高い士気を保っている。
だから少数精鋭でも広すぎるほど広大な領土を魔物の襲来から守って来れたのだ。
実際、ヒエンが戦闘に加わった途端に──アルトが潤沢な攻め手を開放しているのもあるが──北方の強力な魔物が相手でも苦戦せず進めるようになった。
「……拙者も副長殿や女性陣に協力するべきだったのだろうか?」
魔物の群れに投げつけた多数の苦無を回収しながら、【忍者】がぼそりと呟いた。
相変わらずニコニコ顔を崩さないまま、だが彼には彼の思うところがあるのだろう。
「それは何故ですか」
ツェトラが穏やかに続きを促す。
「アーヴィング殿がもし愛のために行動を起こすとなれば、それは立場や職や居住地を変えるのと同義。彼に代わる人材を早く育てるなり、陛下に願い出て配属して頂くなり、できたはずだ。恋愛喜劇を楽しんでばかりいないで、武骨な部下なりの気遣いをしてみせるべきだったのかも知れぬ。応援するつもりが、彼らから幸せを遠ざけていたのではないかなぁ……」
いま言っても仕方のないことではあるが、と言い添えて苦笑する。
種族として多弁な半猫族は、気を許した相手にはその脳内に渦巻く思考や言葉を遠慮なく打ち明けるという。
打ち解けたタイミングが互いに分かりやすいから、友情や愛情について人間族よりも明確で寛容なのかもしれないとツェトラは思う。
「それにしても鈍感なんだね、アーヴィング殿は。ちょっとは気づきそうなもんだけど」
「拙者もそう思う、アルト殿。あの男は出会った時からそうだった──他人や家族の心の機微には疎いくせに、無暗に人を引きつけて離さぬ」
「まあ、それは彼の魅力のひとつって事でいいじゃん。それより、君は大丈夫なの?」
アルト=ブラッドが易々と話の核心に踏み込んだ。
先ほどから、ヒエンは他人の恋愛喜劇を楽しく傍観あるいは観察する者の視点を失っている。
「副長殿のご実家を訪問してからと思っておったのに……。ごまかしきれぬかぁ。実は話を聞いてもらいたくてうずうずしておったのは、拙者の方だったのだ」
ばつが悪そうにまた苦笑して、男装の【忍者】が自らの全身を煙で包んだ。
2021/12/14更新。
2021/12/15更新。




