北限へ(3)
北方の夏は美しく、だが短い。
常に雪と氷に覆われた北の辺境まではまだ随分と距離があるが、夏用の衣服や装備では肌寒いと感じる気温にもなってきた。
防寒仕様の衣服を現地で買いそろえ、戦闘服もそれらに準ずる意匠の物(帝国騎士団ブランドの品)に切り替えた。
またも現地に少なくないお金を落とすことになったが、そのおかげで相変わらず旅は快適。順調そのものだ。
「やっと見えて来たね~」
「きれいな街ですね……お城も大きい。ここからでも見えるなんて……!」
ツェトラ達が歩んで来た道は、帝国領の北側に広がる大草原を貫いて、大陸北部へと延びている。
小隊の皆や時にはアルトの手を借りながら強力な魔物と戦い、1日また1日と時間をかけて、帝国領の北限を占める大都市へ向けて辿る道。
この日の早朝に7番目の街を出て、また少し北へと進んだ地点で立ち止まり、はるか遠くに見える大都市の景色に目を凝らす。
身体強化魔法を駆使しても、ギリギリ見えるかどうかという距離だ。
皇帝であればいささかも疑問を挟まないし、そうしてはならないけれど──ひとつの国がこれほど広い領地を抱えている必要があるのかどうか、広くない世界で暮らしていたツェトラなどはどうしても考えてしまう。
なので、いかにも泰然自若といった構えで旅を補助してくれる師匠に尋ねてみた。
「んー……統治される側としては、資源もお金もあって人材もたくさん居る帝国の傘下にいるほうが、まぁ、言い方は悪いけど楽なんだな。税金も軽いし、権力闘争なんかする必要もないしさぁ」
「そうなの?」
「うん。自治領の人事にまで皇帝陛下が口を出すことはないんだけど、紛争やら内戦にならないように人事を取り仕切る役人が、中央から1人は派遣されてたりするからね」
「帝国が領土の全部に関わるって言うよりは、平和な状態がずっと続くようにお金とか気をつかってるってことなのかな」
「そんな感じの解釈で良いと思うよ。ツェトラはどう思う? 今の帝国の統治」
逆に問われて、青々としてすがすがしい大草原の景色を見ながら考える。
まだまだ少ないけれど、少なくとも自分が触れあった人々の中には、表立って帝国を批判する人や、反感を持っていそうな人はいなかったように思う。
領民の権利に対する制限や規制が緩いせいだろう、とアルトが持論を述べた。
法律で強く禁じられているのは殺人や放火・強盗など誰がどう見ても重大な悪事だけだ。
『自らの親や子、愛する者、そして自らの心に恥じぬ生き方をすべし』との教育が徹底されている(母もツェトラに同じように教えていた)ので、犯罪の件数も大きな人口を抱えている割に決して多くはない。
すべての地域を見て回ったわけではないから断言はできないが、この超大国の統治は概ね善政と呼べる形でなされているらしい。
「帝国の重要な役目は──」
いち早く魔物の出現を察知したアルトが言葉を切り、今度は投げナイフを放った。
魔物は生態系や環境をまったく無視した姿をとって現れるのが常だ。陸上で怪魚に出会ったり、地下で怪鳥に出くわしたりするなんてのも決して珍しくない出来事である。
獣人たちが『暴れ者』と呼ぶ中型の魔物は主に四つ足の獣の姿で現れ、冒険者や旅人に問答無用で襲い掛かる。
やつらの姿が一定でないのは、襲撃の対象者が"こんなの居たら嫌だなぁ"と心のどこかで常に想像してしまっている怪物の姿を巧妙にまねるからだとも言われている。
「──各所に騎士団の人員を配置し、間違いなく運用し、各地の防衛を手厚く支援することだ。それ以外のことに関しては、自治領に暮らす者たちにゆだねられている部分が非常に大きいと言える。役割分担ってやつだな」
熱心な弟子へのちょっとした講義を続けつつ、アルトが魔獣の群れへと素早く切り込んだ。
エメリットが素早く飛び出して彼女と肩を並べ、ハイジェが後方から攻撃魔法を叩き込む。
その大小にかかわらず、魔力やその他の力を戦いのために奮えば、必ず新たな魔物を生み出し、また呼び寄せてしまう。
冒険と旅が、国家防衛が──冒険者や騎士たちの人生が、魔物との戦いと決して切り離せない理由の大きな一つである。
この先、何度繰り返すか分からない戦いを優位にするべく、ツェトラも強化魔法を惜しまず行使する。
2021/12/10更新。




