北限へ(2)
たとえば、ジュリアスやダ=シウバ卿のような強者たちは、基本的に他方から依頼が舞い込むのを待って行動することが多い。
名実ともにまだまだ未熟なツェトラは、もちろん未だそのような立場に至ってはいない。
特に差し迫った用事も依頼も入らないままの、言ってみれば個人的に見聞を広めるための旅である。
順序が逆だが、現地で困っている人がもし居れば手伝いをする、と言う程度の認識を既に小隊で共有している。
困っている人が多いということは帝国の統治が行き届いていないということなので、それはそれでツェトラとしては複雑ではあるのだが……。
とにもかくにも、この旅において頼れるとすれば、文字通り世界じゅうの魔族に向けたクルト=ヴェンツェル公爵の親書と、アルト師が大陸の北側に持つというコネクションくらいだ。
そのアルトのコネが、ツェトラにさっそく試練を与えることになった。
『試合』の相手となるのは北方で随一の冒険者ギルド『白き豹の血統』だ。
ハイジェの提案を採用し、相手のギルドに関する情報を集めつつ、ここらの町村で買い物などしてみることにした。
やはりと言うべきか、半猫族や半狼族と言った魔族に関係のある武器防具を売る店が多いようだ。
今さらだが寒いのが得意ではない、と遠慮がちに言ったハイジェのために買った防寒ローブには猫の耳と尻尾を象った飾りがついている。
どこに需要があるのかよく分からないが、『猫耳魔導師なりきりセット』という触れ込みだった。
ハイジェも始めのうちは恥ずかしがったが、2日も着ていれば慣れたもの。
スカイブルーを基調とした自前のローブを着ている時と少しも変わらない美少女ぶりを遺憾なく発揮している。
話が逸れた。
【猟兵】や【盗賊】、【忍者】が小隊にいないのでとりあえず買わなかったが、小さな村の商店にも半猫族が好んで用いるクロスボウやブーメランが並んでいた。
事前に書籍で学んだ情報に違わず、北方における文化圏の中心は半猫族であるらしいと分かった。
買い物ついでに聞き回ったところによれば、『白き豹の血脈』にも獣人の血を引くメンバーが多く在籍しているらしい。
武器防具の品ぞろえを基準にして商店を回るあたり、少しは冒険に馴染んで来たのかなーとツェトラは考える。
もちろん、おしゃれな衣裳を見つけた時の楽しさや、食べたことのない美味しい食べ物を食べた時に喜べる感覚も持っておきたいのだけれど……。
「あたしに出来てツェトラさまに出来ないなんてことはありませんよ~」
鼻歌まじりに新しい武器の感触を確かめたりなんかしているエメリットが、ツェトラの気分を敏く察知して言った。
そういえば、エメは武器防具への興味と娯楽に対する関心をどちらも強く持ったままだ。
見習いたいと思うと同時に、『読心』の"星"を持っていないのが信じられないほど気持ちを読み取られてしまっているのが、何だか気恥ずかしくて照れ臭い気もする。
深くうなずくに留めて、話題を切り替えてみた。
エメの新しい武器『鉤爪』についてだ。「どんな感じなの?」
「つけるの初めてですけど、なかなか良い感じですよー。よく動きますし」
エメがおどけて、わきわきと片手を動かして見せた。
五指それぞれに長い鋼鉄の爪がついた手袋のような武具だ。
手の十指のどれかに"星"の指輪をつけていなければ剛力を発揮できない以上、彼女は武具を常に片手だけで装備することになる。
両手に手甲や鉤爪をつけることで力を発揮する【格闘士】としては小さくない矛盾を抱えたまま、それでもエメリットは主の安全を確保するために奮闘を続けている。
素手のままになる方の手を防御魔法で覆ったり、自由になるのを利用して相手を素早く投げ飛ばしたりと、独自の戦法を開発中だ。
産まれ持った才覚の上に鍛錬や努力を積み上げることに、いささかの苦労も嫌悪も感じてはいないのだ。
"星"さえあれば無敵なんてことはないんですよねー、と何の気なしに言って苦笑する彼女の言葉が、どれほどツェトラの心を救っていることか。
彼女の欲しい物を買いそろえる以外にどうすればいいのかと、一端の金持ちが抱くような焦りを感じて。
すぐにその傲慢さに気づいて、振り払ってを繰り返す。
ツェトラはそんな自分に呆れながら、帝都から北へ進んで4つ目の街の武器防具屋を出た。
2021/12/8更新。




