魔族の領域(6)
ツェトラはバーを訪れた人々の波をうまく通り抜けて、小隊の仲間が待つテーブルにたどり着いた。
「すみません、思いっきり寝過ごしちゃいました」
「気にすることはないさ」とアズユールが微笑む。「これでも肩書だけは貴族なんでな、ヴェンツェル卿との会見は代わりに済ませておいた」
ぶっちゃけ身分のある人とばかり会うのはしんどいだろう?
と耳打ちされて、苦笑するしかない。見事に図星であった。
妖魔族の小国を預かるクルト=ヴェンツェル公爵を初めとして──。
魔族の領域に林立する小国群はどこを向いても貴族だらけなので始めから覚悟しているけれども、常に淑女らしく振る舞い続けるのもなかなか大変だ。
小隊の皆が自分の事情を深く酌んでくれていることに、ツェトラは心底から感謝している。
師匠たちの姿が見えないのを気にして尋ねてみると、昨日のうちにギルド館へ戻ったとニアが言った。
"他の小隊の補助を請け負った者は任務を終えたのち、できるだけ迅速に帰還すること"という『赤き龍の宴』の規則を、律儀に守ったのだろう。
今頃は『娘』の名づけや戸籍や養育・教育について、闊達な議論を交わしているに違いない。
ヴェンツェル公爵がとんでもないイケメンだった話や、珍しい服飾が揃う店を見つけたとかの話をしながら、上品なつくりの料理を味わう。
アズユールも楽しそうにニアと酒を酌み交わしていたが、しばらくすると何かを決意したように「昨日、ずっと考えていたのだけど」と話を切り出した。
ツェトラが続きを促すと、「少しだけ、お金を貸してもらえないないだろうか」
短期集中で武術と魔法の講座を受けたいと言うのだ。
「公爵閣下やお傍仕えの人達に誘われていてね……」
「ふむふむ」
ツェトラはアズユールの話に注意深く意識を向けた。
妖魔族は向学心旺盛で、高位の攻撃魔法を趣味で覚えてしまったりもするらしい。
男女ともに美しい容姿を持つ者がほとんどで、とても戦場に出るとは思えない種族だ。
しかし、いざ戦闘や試合となると、ものすごく華麗な戦いぶりを見せるという。
ここヴェンツェル公爵領においては外貨獲得のため、武術や魔法を含めたさまざまな講義を行う学舎を国として運営している。
アズユールはそこに入学する"ちょっとお高めの"費用を自身で捻出できそうにない、と悲しそうな顔で言うのである。
「もちろんいいですよ」ツェトラは即断即決で頷いた。
「本当か!?」
「ええ。あなたにはあなたの目的がある、わたしとしては、それを助けられるに越したことはないですから」
『南の海かその周辺にたどり着くまで』と書面では約束していたが、契約期間がどーのこーのとうるさく言うつもりは、ツェトラには毛頭ない。
今さら学校に通って何かを学ぶという姿勢に自分を持って行けそうにもないし、ここはひとつ出資者となって彼女に投資するのがいい。
「ご飯をいただいたら魔法関連のお店に行きましょうね」
シャダルの宝石細工に値段をつけてもらうなら、普通の宝石商よりも魔導師やそれにかかわる人々に見せたほうが、言い方は悪いが良い儲けになるとごく最近知ったばかりである。
「そうそう。わたしにも秘密の手札があるんですよ」
ツェトラはにこにこ笑顔のまま、愛らしい意匠の封筒をアズユールに差し出した。
アラルガンド師と懇意にしている巨人族の【戦士】ハガネからの書面だ。
魔法で届けた手紙を丁寧に読み、奥方が好む意匠の便箋と封筒でわざわざ返信してくれたのだ。
ぜひンディガ殿と手合せをしてみたいと武骨な文字で書かれている。
十二分に修行を重ね、納得できるまで楽しみに待つとの頼もしい言葉も添えてあった。
「何から何まで済まない、ツェトラ。ありがとう」
「お役に立てたようで何よりです」
どうやら人と人を繋ぐ仲介のような動きをするのが思いのほか好みのようだ、と、アズユールの感極まったような笑顔を見ながら、ツェトラは自らを分析した。
恩着せがましくなく、どこまでも爽快にこなすことができるならば──生涯の仕事とするのもいいだろう。
2021/11/18更新。




