第一皇女(3)
「どこが薄っぺらいと仰るの」
「え……だって、ものの数分で話せてしまうのよ? 見合いの連続で、その合間に勉学をしていましたというだけの」
「先ほどの言葉を翻すようですが、一度だけ否定させてください。お姉様の人生は……薄っぺらくなんかありません」
対等に話せるなどとは最初から思っていないが……。
それでも、数奇な出会いを繰り返し、他人に助けられて、思い描いた通りの人生を過ごす事ができるといわれる『天運』の"星"の力を少しだけ借りて、ツェトラは長姉と言葉を交わす。
彼女の望む言葉なのか自ら発する言葉なのか分かりかねたが、そんなこと今に限ってはどうだっていい。
「国外の王侯貴族と見合いをされて来たのなら、ある程度は他国の情報をご存知なのですよね。他国が何を欲し、本音のところで帝国をどう思っているか──あなただけが把握なさっている情報があるはずです」
「そうね……そうよね」
「人脈も、わたしの想像が及ばないほどにお持ちでしょう。人当たりが良く、知恵があり、顔の広い君主は人々に好かれるはずです。お姉様の経験が、勉学が、鍛錬が活きるのです。何度でも申し上げます。あなた様の過ごされた18年間は、決して無駄などではありません」
多弁なウェンドリンが、常に薄く紅を刷いているかのような唇を閉じた。
白くふくよかな頬に宝石のような涙が流れ始めると、やわらかな蝋で形作られているのかと思うような繊細で美しい指が、何度も彼女の目尻を行き来する。
「ツェトリアは私を泣かせてどうするつもりなの?」
ややあって、ようやく、明るい調子の言葉を投げかけて来た。
「当然のことを申したまでです、お姉様。誰も褒めてくれないと思っていらっしゃいましたか? だから皇帝の座について、ご自身に名誉を与えたかったのですか?」
「あなたの言う通りよ。国のために働きたいと言いながら、私は、私の為に皇帝になりたかった。この身が相応しくなかろうとも、たとえ民や兵を巻き添えにしてでも」
「それをお聞きしたかった!」
ツェトリアは手を叩いて喜んだ。
その小さな身体から放たれていた強い魔力が失せるのを、古き魔導師ギルネストだけが察知した。
落とし胤の第4皇女は沈黙を守る魔導師をよそに、自分のことのように喜びを表現した。
ご自分の欲望に素直になれないような人には"星"をお譲りしたくないと思っていたのだ。
自身がいわば『保険』であったと、太政大臣の冷たい口を借りた皇帝から告げられたも同じであった。
『保険』には『保険』の意地がある。プライドがある。
強大なる"星"の力にふさわしい者でなければならないのだ、わたしを踏み台にして皇帝になる3姉妹とはっ……!
「お姉様はどちらになさる? 『華美』の"星"をお持ちですから、『不老』がいいかしら! 楽しみだわ、"あの方は一体おいくつだろう"と人々が噂をするまで、きっとお姉様は国を率い続ける事ができるの!」
子どもらしくはしゃぎながら、ツェトラが上着(エメリットの"とっておき"を借りた)のポケットを探る。
屋敷を出る直前に母から渡されたベルベットの指輪ケースを取り出した。
自動的に開いた小箱の中で、"星"を象徴する宝石細工の指輪がきらりと光った。
ツェトラは異母姉の膝を滑り降りて床にひざまずくと、『不老』の指輪をウェンドリンの右手の人指し指に通した。
「本当に、いいのですか」
「わたしは前提条件を半ば満たしていたに過ぎません」
「……ヴァイロンは全体、あなたに何を言ったの?」
「皇帝陛下が認める御子に万全に"星"が引き継がれなかった場合の『保険』であったと」
不審げに尋ねる長姉に、ツェトラは明るく正直に伝えた。
隠しても意味がないと思った。もう隠しておけないと思った。それ以上に、この異母姉を信頼しても良いと思った。
異母妹の言葉を聞いたウェンドリンは微笑したまま、
「ギルネスト、ヴィルジーナと騎馬兵団に声をかけてちょうだい。戦をするわよ」
ごく滑らかに言ってのける。
「わーわーダメです、お姉様やめて!? わたしは平気ですからっ! わが国を愛していると仰ったではありませんか! 敵に回したくないと仰ったではありませんか!」
冗談よ、と苦笑するウェンドリンの真っ青な瞳がぜんぜん笑っていないのを、ツェトラは見逃さなかった。
この人やっぱり危ないんじゃないだろうか……?
2021/8/18更新。




