ちょっとした調査です(2)
宴の翌日、ツェトラ達はカーティスに誘われて帝国領の南端まで出向くことになった。
馬車で行く旅程を想像していたけれど、入念な準備を整えた彼女らを待っていたのは、異世界の『自動車』という乗り物だった。
「ちょっと早くて音がする、自分で操る馬車みたいなもんだよ」と簡単に説明されて納得し、車内の前後に据えられた革張りの座席に腰かけている次第。
「こんなに広いんですね、帝国って」
「おや、知らなかったのかい」
運転席に座ったカーティスはしかし、ハンドルを全く操作していない。
どうやら本当にすべての機構を魔法で動かしているようだ。
先ほどから聞く限りでは、この自動車はカーティスが個人的に手に入れた物らしく、燃料や操作するための機械類などをこちらの世界でも扱いやすいように作り替えているのだとかいう話だ。
ツェトラは小隊の2人(アルトは留守番)にすすめられて、運転席の隣に座り、姉御と訥々と言葉を交わしている。
「ええ、認識が違っていたと言いましょうか」
「ふーん……まあそういうこともあるわなぁ」
ツェトラは一度、国土の西端から中央の帝都まで、ほぼ徹夜で馬をぶっ飛ばして1日で踏破したことがある。
けれど、あの時は魔法の馬に乗っていたのとハゲ魔導師の加速魔法があったから異様に早く着いただけだったと今では分かる。
東西南北どの方角にも広い、どこまでも続くかのような『灼土帝国』の領土である。
「まあ……ここまでで寄り道しまくってなきゃ、もっと早く着けるんだろうけどね。目的地へ行って用事を済ませて帰るだけじゃ、楽しい旅とは言い切れなくなっちまうじゃあないか。今回は急ぐ用事でもないし」
姉御の言う通りだった。
腹立ち紛れに魔法の馬を駆り立てた(文句も言わず従ってくれた愛馬に感謝を)あの時は、出先での出来事もあって、楽しい旅の思い出を作る事が全然できなかった。
でも、気の置けない間柄の4人で行く今回の旅程はちがう。
中継地の市街に立ち寄っては買い物や食事を楽しみ、姉御のおごりや割り勘やツェトラの支払いで各所の宿泊所に泊まった。
旅程は半分を過ぎたとのことだが、ここまで来るのに既に5日を費やしている。
それを時間の浪費だととらえる者は、ツェトラを含めてこの車内にはいない。
「あたしは単独だったりお助け係だったりが多いけど……みんなで旅するってのもいいもんだねぇ」
立場だけを言えば自らのギルドを経営することさえできるカーティスだが、それどころか小隊を率いたことも無いらしく、平和そのものの旅行を楽しんでいるようだった。
「楽しい時には楽しんでいいんですよね。笑ったりはしゃいだり、してもいいんですよね、姉御?」
「ああ──そうさ。誰だって楽しく生きていいんだ。ツェトラは、だめだと思ったことがあるんだっけね」
「少しだけ。たった一度、1人きりで眠った夜に」
愛読する姫騎士イーディスの冒険物語に、彼女たちが旅行や休息を楽しむ場面が多く描かれていたのをツェトラも思い出す。シリーズのどれを読んでも、主人公たるイーディスは戦いに非常に優れた人物として描かれているが、決してそればかりの人ではないということだろう。
楽しい時には思い切り楽しむようにと、母の特製の栞にも手書きのメッセージが添えられていた。
自分がそうしてはならないと、たった一度でもたった一夜でも、どうして思ってしまったのか。
それが分からなくなってしまうくらい、忘れてしまうくらいに楽しく人生を送ろうと決めている。
何たって、今は不思議な乗り物に乗って旅をしている!
帝国領の南側の主要産業は観光業だ。
目的地の帝国領南端、魔族の貴族が収めていると言う自治領に向かうまでに、極端なことを言えば何日かけて旅をしたっていいのだ。
眩しく照り付ける夏の太陽、銀色の丸っこい自動車と戯れるかのような風。
ツェトラはカーティス姉御に許しを得て、小さなハンドルを回して窓を開けた。
誰にも遠慮せず窓から身を乗り出して、意味も理由もなく叫んでみる。
大声コンテストには出られそうにないけれど、なんだかとても心がすっきりしたような気がした。
2021/10/29更新。
2021/10/30更新。




