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第一皇女(2)

荒い息をつく長姉に、ツェトラはさらに寄り添った。

うやうやしく(あるいは有無を言わせず)白い手をとり、最初から親しい者であったかのように、愛しい者であったかのように、自らの手と複雑につなぎ合わせる。


怒りと焦燥と野心に曇ったウェンドリンの美しい顔に、わずかな困惑が見てとれた。

今さらに姉妹の情に頼ってどうするのだ、と言いたげに、一瞬だけ異母妹の顔を見る。

ツェトラは微笑んだ。

どれだけ嫌われても、たとえ持っている物を奪われて排除されようとも、決して長姉を憎みはしないと、ただ伝えたかった。


「もしも、」

魔導師が厳しい表情で口を開く。

「もしもあなた様のお考えが成果を得られなかった場合は、どうなさるおつもりか。異母姉妹とはいえ他人として生きて来た者が持つ物を奪い取らんとしておられるのですぞ──ウェンドリン殿下?」

「その時は……潔く国を去り、孤独に生き、孤独に果てます。信用なりませんか、ギルネスト」


「おや。殿下のことですから、わが国に戦争を仕掛けるとでも仰るかと思いましたが」

「本当に冗談が似合わないわね……してもいいならそうするわよ? お金はあるし、私を愛してくれる臣下や兵もいないことはありませんからね」

似合いもしない危険なジョークを聞いても、気軽にツッコミができるほど、ツェトラは豪胆ごうたんでも無謀むぼうでもなかった。


「でも、私は愛する国を敵に回したくない。そのためなら許されないことだってしてみせると言いたいのだけど。きっちり伝えられないと格好もつきませんわねぇ」


もう少しツェトラの来訪が遅ければ、『異母妹いもうとの"星"を奪い取れ』とギルネストに命ずるところであったと、ようやく怒りを収めた第一皇女が言った。


皇帝の名代たる太政大臣に決断を迫られ、確かめたくもなかった事実を改めて突き付けられ、情けなくも泣き暮らし、示されなかった『あらがう』という選択肢に心を奪われて──いま自分は確かに狂っているのだと、妹を膝に抱えながら、美貌びぼうの第一皇女がとつ々と話す。


「……ねえ、ツェトリア。わたくしはどうしたらいいのかしら? こんな人非人ひとでなしを姉と思ってくれるのなら、あなたの考えを聞かせてちょうだい」

「わたしは、もしどうしても必要であれば、お姉様に"星"をお譲りして構わないと考えています」


「えぇっ!?」


ウェンドリンが異母妹の小さな身体を膝に抱いたまま、全身で驚きを表現した。

ツェトラは苦笑して、正直な思いを伝える。


「これまで何についても才能や才覚を発揮して生きてきたわけでもありませんし──皇帝になれると聞いても心が動かないのです。お姉様のような情熱を持っていなければ、この赤き大地に暮らす人々を率いるなど夢のまた夢でありましょう」

「まぁ……2つも"星"を持っていることを、秘密にされて来たのね?」

「おそらくは」

「……そう」


持つ者には持つ者の苦悩があるものだと、家庭教師を務めているギルネストに言い聞かされて来たのだと、第一皇女が優しく言う。

「だのに、ツェトリア……私は、あなたの事情もまずに怒りをぶつけてしまった。ごめんなさいね」

急に親しげに話して近づいて来ようなどと小賢こざかしい、と異母妹いもうとを一蹴しないあたり、本来は優しく情にあつい性格なのだろう。


ツェトラはウェンドリンをよく知らない。

ウィシュメリアとも、ヴィルジーナとも会ったことがない。

ギルネストから聞いたこと以外は、ない頭を絞って想像するしかない。

だからもう少しだけ待っていて欲しいと、長姉の黄金の髪にふれながら願った。


わたくしたちのことを調べたいのね」

「はい」

「わかりました」


自ら『薄っぺらい』と評する18年間の人生を、ウェンドリンがかいつまんで語る。

父の"星"を引き継いでいないと知っても、母方の家の女が磨き上げて来た『華美かび』の"星"を活用して国外へ嫁ぐことを周囲に強く望まれても。

いや、思うに任せぬ見合いばかりをして過ごしてきたからこそ、資質がないと判断されたからこそ、『灼土帝国』の帝位という夢を捨てきれずにいる。


感情的にならないよう言葉を選んで話す姿はとても流暢りゅうちょうで、長姉がどれだけ頭の切れる姫君であるかを、どれだけの勉学と修練を積んで来たかを、ツェトラは見せつけられた思いだった。

2021/8/17更新。

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