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小さな変化(2)

小さくあくびをして隣のベッドに身を横たえた北方の女王陛下に春用の掛け布を掛けて、就寝の挨拶あいさつをする。

「うん……おやすみなさい。ツェトラは今夜も日課を?」

「ええ。新しい趣味みたいなものです」


まじめに続けてゆくような事でもないのだが、十二分に気心の知れた者だけが泊まるこの宿泊施設ならば続けても良かろうと思う。

終わるまで待っていられないのが残念だとふにゃふにゃ仰るのに苦笑を返し、柔らかな御髪おぐしを撫でる。

すぐに静かな寝息を立て始めた女王の傍をそっと離れ、寝室から出た。


親友たちの部屋の灯りを確認してから眠るのが最近の日課だ。

ごくたまに内緒で灯りを消してある部屋に入って誰かの寝顔を見るなんていう後ろめたい楽しみもあるのだが……親友たちにはとっくにバレていて、しかも許してくれている。


音もなく廊下を歩き、まだ灯りのついている部屋の前に立った。

眠っている人々の迷惑にならないよう遮音結界を張った部屋に、グラスを傾ける人影が、ぼんやりと浮かび上がって見える。


気配を察した部屋の主が静かにドアを開け、招いてくれた。

「いらっしゃい。ツェトも飲む~?」

到着するなり宿泊施設の一室を「年間で借り切りたい」とおっしゃったウィシュメリア陛下である。


ツェトラの誕生日の宴には、かないスケジュールを強引に押し開けて、『三美姫帝トリニティ・プリンセス』が駆け付けてくださる予定だ。

その先陣を切って現れた二番目の姉上はこれまた夜更かし好きらしく、『青の地』から定期的に届く鶏肉の燻製くんせいさかなに、気楽な一人飲みを楽しんでいらっしゃるところだった。


「いえ……まだお酒は。ジュースでお供します、陛下」

「そっかー。ちょっと残念だな、もっとはっちゃけてるかと思った」

「いやその、何と言うか……クセになっちゃいそうなんですよね。お酒を飲むのも、思う通りに振る舞うのも」


ツェトラは軽く言い訳をしながら、とっておきのぶどうジュースを持ち出した。

一杯ちょーだいと仰った姉上のグラスにも注ぐ。


「別に悪いこっちゃないっしょ。他人様ひとさまとか国に迷惑さえかけなきゃね。ツェトは真面目で自制的な人だから、ちょっと戸惑ってるだけだよ。思う通りになったからって、すぐ状況を楽しめるわけじゃないもんねぇ」


「お姉様達も?」

「そりゃそうよ~。なってみたら皇帝って凄まじく忙しいし」

「それは、国を良くするアイディアがどんどん出て来るってことですよね」


優れた家臣や、堂々と権力を振るって楽しげなヴァイロンに任せきりにしたって良い。

そうしていないのは、皇帝たる覚悟と責任感は勿論、提案した通りに帝国が変化し、発展を遂げている現状が楽しいからにほかなるまい。

何しろ、今や彼女たちの提案は、すべてヴァイロンの名前で執行する代わりに、ほとんど彼の横槍よこやりを受けずに通ることになっているのだ。


お譲りした"星"を愉快なほどに存分に活用してくださっている姿を見れば、ツェトラだって影の権力者になった姉上たちを褒めずにはいられない。

遮音結界があるのをいいことに、手当たり次第に大小の功績を挙げて、次々と忌憚なく称賛する。

帝都の仲間たちを通じて、どんどん都の情報が入って来るんである。


最近の最大の功績は、荒波と長距離をものともせぬ巨大な船を挙国一致で作り上げて『青の地』まで航路を通してしまったことだ。

かの地をへだてる絶海にどうにかして橋を架けてみてはと『灼土帝国』の誰もが考えるところだ。

その準備を整える意味でも、実際に航路を確立した効果は計り知れない物がある。

世間は次々に帝国のために政策を打つ宰相閣下を(彼がそうされたいと願っていた通りに)褒め称え、『皇帝の懐刀』と呼んでいるそうだが……。


分かってる人が分かっててくれればそれでいいのよ、とはウェンドリン陛下のお手紙に書かれていた言葉だ。

「まぁね、まぁね。もっと褒めてくれてもいいよー、んふふ」

ウィシュメリア陛下が長姉にも劣らぬ美貌に、楽しげな笑みを咲かせる。


ツェトラは思いつかなくなるまで陛下の良いところを細かく挙げ、彼女を存分に微笑ませ、また照れさせた。

一息ついたところで、気になっていたことを思い切って尋ねてみる。

2022/8/16更新。

2022/8/17更新。

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