小さな変化(1)
1ヶ月に一度以上は必ず顔を見せる。
そして、親子の触れ合いを保ち続ける。
自分のことだけを考えた勝手な願いをかなえてもらうために、妖魔族の賢者から求められた条件はそれだけだった。
誰と会うのも禁止されなかった。いつどこに行っても良い、他人や世界に許容される以上の迷惑さえかけなければ、何をしても良い。
これまで通り、自分自身や大切な人に誇れる人間を目指せばよいと、優しく言い渡されただけだ。
その約束を守ると誓って願いを叶えられたが──。
ツェトラ自身に、それほど大きな変化があったわけではない。
魔族になったわけでもないし、重要な薬を忘れずに飲まなければならないなんてこともない。
ツェトラの(多分)世界でいちばん我儘な願いは充分に、いや万全に叶えられたのだ。
ただ、身体の内側から溢れて来る生命エネルギーの扱いに慣れるのには少し手間取った。
半月ほどを、極東の自分達の島で過ごした。
手指で触れるすべての物を活性化させる力だ。
全く疲労しなくなったり、触れるだけで自他ともにお肌がすべすべになったりと利点も多いのだが……。
何しろ眠くもならないので生活リズムを維持することから始めなければならなかった。
ハイジェとミィユがしっかり管理してくれたから上手くできたが、なんだか色々なことが振出しに戻ってしまった気分にならない訳でもなかった。
下手に庭に出ることもできなかったし、魔性の白カビチーズなど自分達の島の特産食品の生産や、食事の準備を手伝っても、どこに出かけても。
以前にも増して、失敗を重ねる一方だった。
庭園の雑草や小さな花がいちいち巨大化し、うっかり樹木に触れようもんなら庭があっという間に密林と化した。
島の小さな泉に遊びに行けば水が大量に湧き出した。
試食のために発酵食品を作る建物を訪れれば、酵母やカビその他が活性化し過ぎて大爆発を起こした。
三流ギャグ漫画のようなドタバタを乗り越えられたのは、失敗や暴走をすべて、小隊やギルドのメンバーを始めとする周囲の人々が明るく笑って受け入れてくれたからに他ならない。
やめといた方が……なんて言い訳する暇もなく遊びやお出かけに誘われたし、行く先々でドタバタしてしまうから引きこもって練習していようとしても、なぜか友人知人やら師匠の皆さまやらがひっきりなしに訪ねてくる有り様だったのである。
「弱気になったり悩んでる暇もありませんでしたよ、まったく」
「それは明らかに皆から面白がられていましたね。でも、楽しかったのではないですか? ずっと笑いながら話しているし」
「そうですね……。とても楽しかった。今もすごく楽しい気分です」
ビシュラと自分の誕生日の祝いを3日後に控え、ツェトラは遠方の友人たちに再び連絡をとった。
前乗りで駆けつけてくださったエメローデ陛下と共に楽しく夕食を摂り、風呂に入って、今は休憩中。
ごくごく遠慮がちに請われたので、及ばずながら御髪を拭いて整え、お召し替えをなさったあとに、肩や腕、足など、相変わらず多忙な執務で酷使した個所を揉みほぐしているところだ。
「陛下は? 譲位をなさらないのですか」
「もう少し先でもいいかなと思っています。バリバリ働いてキッパリ辞めるのが我が一族の流儀ですが、やはり即位したからには、国民に誇れるような仕事をしてみたい。父祖の資産に頼ることなく」
「その目途がついているのですね?」
「ええ。帝国と共同で領土の山森を探索しています。遺跡とか地底湖とか……他にも稀有な何かが見つかりでもすればと。まあ、国費でギャンブルしてるようなもんですけど」
悪びれもせずケトケト笑う幼い君主から、どこか思いつめた雰囲気がすっかり消え去ったようだ。
欠けていた(と思っていた)部分が満たされ、小さな御身に自信と勇気が漲っている。家臣たちの献身と愛情と、本人の努力と成長の賜物なのだろう。
人材の演出家という夢は遠いままだが、やはり他者の変化を見るのは実に心地よい。
ツェトラは勢いに任せて、未だに保留している件を持ち出してみる。
「今だったら……始めてもいいかもしれませんね。あの時よりは、わたしにも余裕ができていますし」
「ああ、城攻めのお話ですか。今や要塞の如き絆に、さて、どう挑みましょうか……これからが楽しみです」
でもまずはお誕生日をお祝いさせてね、と仰って、北方の小さな君主がとびきりの笑顔を見せる。
なるほど、彼女の家臣たちが溺愛するはずだ。
2022/8/13更新。
2022/8/15更新。
2022/8/16更新。




