伝えたいこの想いの名前は(3)
ツェトラは母と過ごせる半日を全身で楽しんだ。
今までにないほど話をし、エメ特製の食事を食べ、一緒にお風呂にも入った。
あまり会えないかもしれないけれど、いつも想っていると、存分に伝えた。
ああ楽しかったと呟きながらベッドに入って、暫時。
気配が忍び寄る。
誰がどうしようとしているのか、すぐに分かってしまったが……。
分かったからと言ってすぐに言葉にしては面白くもなんともないことを、"ツェトリア"との謎解きゲームで十二分に知っている。
まだまだ積極的に動けるようにはなっていない自覚はあるが、ここは攻め手を打ってみるのも面白い。
気配をうまく消した相手が傍に来る前に転移魔法を行使して、庭の巨木の上まで来た。
充分に自らの身体を支えられると目算した枝に腰かけて、夜更かしな悪戯者の追撃を待つ。
果たして、複雑怪奇な枝や葉を少しも揺らすことなく、悪戯者が姿を見せた。
「見つけた」
「びっくりした?」
「かなり。意外だったね」
「ちょっとは成長できてるのかな、わたしも」
隣に座るよう身振りで誘って、それから、いつもより少しだけ近い春の星空を見上げる。
「そう思うよ」と優しく囁いたきり、ビシュラは黙り込んだ。
彼女らしいとはとても言えない遠慮がちな仕草で、左手を軽く握って来る。
「考えごと?」
「これからのこととか──すごく余計なことなんだろうなぁって、思うんだけど」
「聞かせて」
「わたしって魔族じゃん。ハイジェもミィユも、エメも。本能みたいなもんだと思う……遠くないうちに成長が止まるって、わかるの」
「5人の中で、わたしだけが歳を取る。変わってゆく。このままではいられないし、留まっているべきでもない──」
珍しく(ずけずけ物を言ってくるような人ではないが)言いよどんでいるので、ビシュラに代わって、とても魔族らしい考えを言葉にしてみる。
人生の中で最も輝かしい時間を自覚でき、その時間が容易に永遠ともなる。
そんな魔族ならではの、実に複雑で繊細な感情だ。
「──それが、なんとなく、惜しい」
「ごめん。」
「……いいよ」
早く大人になりたいと思う、それと同時に、大人になんかなりたくないとも思ってしまう。
相反する気持ちに折り合いなんてつけられなくて、そうして意味もなく葛藤しているうちに、時間だけが過ぎて行ってしまうのだ。
"ツェトリア"は──おそらく容易にそう出来るにもかかわらず、自らの成長を止めなかった。
あの気まぐれな国王のことだから、これから先のことなんて想像もつかないけれど。
少なくとも、大人になってゆくことを恐れはしなかっただろう。彼女ほど強い人格であれば。
「ツェトラはどう思ってるんだろうって、気になっちゃって」
軽い言い回しだが、ビシュラは不安なのだ。
種族が違うのだから、当たり前だ。
「……」
同じ日に生まれた親友の気持ちを受け止めて、冷静に考えを巡らせる。
自分は偶然に、魔族たる少女たちと出会ったに過ぎない。
好きになるのは簡単だったし、細かい考えや理由なんか必要ないと今でも思う。
「手離したくない。特別なんです、ビシュラ。エメも、ハイジェも、ミィユも」
「うん」
「あなた達を少しだって悲しませたくない、戸惑わせたくない。嫌われたくない。わたしを好きでいて欲しい。わたしも、大好きでいたいの。……ずっとよ」
自分の欲望を改めて確認した。
叶える為にどうすればいいか。
つい先ほど久々に連絡をつけたばかりの人々の現状を思い浮かべてみる。
幸福な帝国騎士アーヴィングは、3人もの恋人との生活を保つために転属願を出し、受理されて、北方の魔族の自治領で警備隊長として暮らしている。
エメローデも、愛する家臣たちから愛され、支えられて、超多忙な執務をどうにかこなしている。
ロイスは『青の地』を冒険する中で、大切な人と出会ったという。
ドリュー辺境伯はようやく目的を遂げて帰還を果たし(大ニュースが帝都を席巻した)、婚姻の準備を進めている。
誰もがするべきことを自ら定め、その為に最適な戦略を見出して、積極果敢に行動した。
そして、望む通りの成果を手に入れた。
では。そうならば、わたしは?
親友が何も言わないのをいいことに、ツェトラは1人、深く思考に沈む。
2022/8/5更新。




