無能の姫君(1)
『灼土帝国』の帝位は、皇帝の子女のうち最も優れた者にのみ継承される。
4代皇帝マクスウェルがわずか38歳で退位を決めてからすでに7日──。
ツェトラは、決して裕福ではない家に突然あらわれた帝国の使者を、驚きをもって迎えた。
使者はギルネストを名乗り、12歳になったばかりの自分に腰を折っている。
何が何だかわからない。
魔導師ギルネストといえば、初代皇帝から仕え続けている重臣だ。
その彼が、わたしなどに何の用事があるというのか。
自分で話をなさい、と優しく言うお母さまに従い、魔導師を自室に招き入れた。
首都ロートシュテルンの西のはずれ、ちがう領主が自治権を持つ地域と接する位置にある小さな屋敷である。
一人娘に与えられた部屋も、それなりの広さしかない。
ツェトラは少しそれを恥ずかしく思ったが、他に気になることがありすぎる。
「どうして来たのか」、「自分に何用か」、「いつから生きているのか」、「どのくらいの魔法を使うのか」、「男女どちらの姿にもなれるというのは本当か」「その髪はカツラではないかと言われているが」
当然の疑問から訊いてみたいと思っていたことまでを、美しい顔の青年に問いかける。
ギルネストが優しく笑んだ。
「あなた様は、『灼土帝国』が第4代皇帝、マクスウェル陛下のご息女であられる。ツェトリア=ロートシュテルン皇女殿下」
あっけにとられて何も言えないツェトラの様子を見てさらに薄く笑い、
「陛下のご退位に伴って帝位継承者を選定するにあたり、どうしてもツェトリア様に宮廷までお越し頂かねばならなくなりました。それゆえ、無礼を承知でお迎えに参上いたした次第」
と、水が流れるかのように説明をしてくれた。
「そ、そうですか……実感は……できないものですね」
「御意」とつぶやくように理解を示した魔導師が、
「殿下のご質問にお答えいたしますと、私は齢200を数えて少し経ちます。魔法は……そうですな。姿などは変幻自在ですし、内緒ですが帝国軍を一掃できる程度には使えまする。それからこれも内緒ですが、私は若い頃から禿げ上がっておりましてカツラが手放せません。趣味は髪の長さと色を度々変えることです」
少女の気分を和ませようとでもするかのように、似合いもしない冗談を交えて、また水を流すように話す。
「内緒の話が多い、のですね」
いきなり自分がお姫様だと告げられたツェトラは、動揺を隠そうとした。
形よく瑞々しい、豊かでない割に血行も悪くはない唇を苦笑の形にわずかに崩す。
魔導師には失礼だが、彼の自虐ネタ(若ハゲうんぬん)がおもしろかったのである。
「わたしは王宮へ上がるの? これからすぐ?」
「御意にござる。その後はご自身でお決めいただくことになるが」
「……わかりました。エメリットを連れて行きたく思いますが、お母さまのお世話は?」
「第一皇女ウェンドリン様より、末姫様とのお近づきの印にと、生活資金をお預かりました。新しい邸宅も用意しております。働き者のメイドの代わりの傍仕えも」
一人娘をいきなり引き取る──奪い取る対価だろうか。
それとも、陛下からの手切れ金と言う奴なのだろうか。
「わたしと一緒に暮らしていては、手に入らないお金と生活がある言うことね?」
頭でっかちな自分が、ツェトリアは少しばかりうらめしい。
「聡明でいらっしゃる」
「ありがとう。わたしは誰の役にも立てていないから……よき置き土産を愛する母上に残せるのであれば、言うことはありません」
ツェトラの母リルムガーテは教育熱心で、厳しい面と娘を溺愛する母親の顔を見事に使い分け、自分が貧しい思いやひもじい思いをすることになど一切かまわず一人娘を育てた。
みるからに悪そうな顔で帝国臣民のプライドに反する奴隷商いに勤しんでいたでぶ商人から、何食わぬ顔で巧妙にエメリットを引き取ったのも母である(当然、商人は帝国騎士団に突き出した)。
偉大な母に少しでもご恩を返すには、マクスウェル陛下の御意に従うよりほかないのではないか……という思いが、強くツェトラの背中を押している。
2021/6/16投稿。




