偵察忍者
魔法の訓練が必要な僕だが、しかし同時にスキルの鍛錬もしなくてはならない。
ただ魔法を使うだけでは未熟な魔術師でしかないわけだし、ここにニンジャのスキルを合わせる事によってようやく僕のオリジナルとなる。
さて、今僕はスキルの鍛錬がてら、森の中を散歩している。
いつ兵士にまた見つかってしまうか分からないためにスキルを使いっぱなしになるが、それがむしろ鍛錬になる。
「「どんなもんでも、逃げ道を塞いだ時が一番伸びるもんじゃ」なんて言われたけど、師匠ってば僕が苦しんでるのを楽しんでるわけじゃあないだろうな……?」
実のところ、そうではないかと疑っている.
確かに、スキルも魔力の探知も危機に陥った時に覚醒したものだが、そんなものがなくても同じようにしていた気がする。
ただ、それが効果的なのは事実だ。事実だから手に負えないとも言えるが、確かに僕はこの数日でずいぶんと腕を上げたように思う。
もちろん、これはまだにわか仕込みでしかないが、とりあえず実戦に耐えうる程度の魔法を覚える事ができた。
【魔法:ファイア・エンチャント】
そのうちの一つが、この魔法。
短剣に炎の魔力を付加して、高熱を放つヒートナイフへと昇華する。
長続きするようなものではないのでこればかりを頼りにはできないが、多少切りつける程度なら問題はない。
例えば、硬い外皮を持った動物を狙った狩りのような時には便利だ。
『キュウゥッ!?』
「よっし、当たった」
エメラルドスキン。
新緑を思わせる宝石のような外皮を持つ大型のネズミだ。単なる刃物ではなかなか傷が付かないほどほ硬度だが、実は熱に弱いという弱点がある。
木の葉隠れの術で姿を隠した僕を気が付かなかったらしいエメラルドスキンが、短い声を上げて絶命した。
今日はちょっとついている。
こいつは可食部が少ない割にとても美味しいので、人間の街で肉を食べるとなるとなかなかに値が張るのだ。
……いや、ちょっとどころではない。今日の僕はついているぞ。
「おい、こっちで何か聞こえたぞ」
「…………」
そう言って現れたのは、鎧で身を包んだ大男だった。
言うまでもない、ハミルトン家の私兵である。
幼少の自分からあの家と交友を持つ僕は、その鎧のデザインを見ただけでそれと分かるのだ。
すぐさま、身を隠す。
木の葉隠れの術によって姿が見えない僕が茂みの中に潜る意味はない。むしろ、葉が擦れる音を立ててしまうリスクを考えればやめておいた方がいいだろう。
なので、できるだけ音を立てない場所に移動する事が、僕にとっての姿を隠す事になるのだ。
茂みから身を離す。木の枝を踏まないようにする。不意に倒れてしまわないように、頑丈そうな木の幹に軽くもたれかかる。
この時、エメラルドスキンを回収するのを忘れない。前に仕留めたジャッカロープのように捨ておきたくはしたくないし、どうせ僕が持っている限り相手には見つからない。
「本当に聞こえたのか?」
「間違いねえよ。確かに小動物が締められるような鳴き声を聞いた」
さすがは精鋭というべきか、僕が狩りをした音を聞き逃さなかったらしい。この、あらゆる音に溢れる森の中でだ。
しかし、辺りをしばらく探して僕が見つからなかったので、結局は聞き違えたのだろうという結論に至る。
「おかしいな……」
「まあ良いじゃねえか。それよりも、予定よりもだいぶ奥に入り込んじまった。さっさと拠点に戻るとしようぜ」
……拠点? ほう、それは良い事を聞いた。
この辺りには、人間が休めるような場所は一つもない。なにせ無権領域なのだから。
なので、どこかにテントを張るでもして野営しているのだろうと思っていたのだけれど、彼らについていけばその場所を突き止められるという事だ。
これはついてる。
まさか、自分たちから夜営まで案内してくれるなんて。
木の葉隠れの術によって、尾行はスムーズにできた。
音を立てれば見つかってしまうだろうと警戒していたが、そもそも彼らが森の中を歩く際に音が鳴るのだ。その中で、僕の音を聞き分けるのは至難だろう。特に、彼らはつい今し方ほど音を聞いたと勘違い(実際には勘違いではないが)したばかりだ。心理的にも、僕の音に気がつきにくくなっているのかもしれない。
さて、結論から言えば、僕は拠点の偵察はできなかった。
いや、拠点まではたどり着いたのだ。ただ、それは森から距離を置いて、街道沿いにあったのだ。
それの何がまずいか。すなわち、隠れられる場所がなかったのだ。
僕のスキル木の葉隠れの術は、文字通り木の葉が舞うような場所でのみ効力を発揮する。その限定的な条件が長時間運用に耐えうる燃費に関わるのだが、しかし今回ばかりはデメリットが出てしまったというわけだ。
いや、こればかりは僕が間抜けだった。
魔物が住む森のほど近くで寝たい人間など(僕と師匠は森の中で生活しているが)いるはずもない。彼らが森に接するようにテントを張っているなど、あるはずもないのだ。
これを予想できなかったなど、師匠には言えないな。きっと、何を馬鹿を言っているのかと呆れられてしまう。
ただ、全くの骨折り損であったかと言われればそうではない。
幸運にも、森から出る直前に兵士達が言ったのだ。
「おい、魔術師はいつ来るって?」
「早馬を出したって言ってたからな。まず三日はかからないだろう」
三日。なるほど。
僕が聞けたのは、たったそれだけ。
たったそれだけの情報だが、充分に有用だった。
つまり、僕の鍛錬のスケジュールが決まったという事だ。
正直かなりの急ピッチ。
「はぁ……」
兵士達が離れたのを確認して、僕はため息をつく。
つかずにはいられなかった。なんならもう一回つきたいくらいだ。