混乱勇者
「ししし、失敗した!?」
「面目次第もございません……」
失敗……失敗……?
ようやく戻った私兵の言葉は、私の理解を大きく超えていた。
「……どうやったら失敗なんてするのかしら? 相手はあのアランなのよ?」
本当だったら叫びそうなところだ。貴族として培ってきたポーカーフェイスが、存分に発揮された。
私の素を知っているのはアンナしかいないので、私兵といえど開けっぴろげに話す事ができないのだ。
「アラン様は思ったよりも足が早かったのか、森の中で見失ってしまいました。ただ、今もって捜索中でありますので、すぐにまた見つかる事と存じます」
「当たり前です。分かったから早く貴方も行きなさい」
そう言うと、すぐさま部屋を後にする。
その迅速な行動なは、流石にハミルトン家の兵といったところか。
「アンナ、もう行ったかしら?」
「……はい、少なくともこちらの声は聞こえないでしょう」
アンナが部屋の外を確認する。
とてもできた従者だ。これで、もう少し私を敬ってくれれば文句はないのだが。
「お嬢様、上手くポーカーフェイスができているつもりかもしれませんが、第一声から崩れてましたよ」
「貴女そういうところだからね!!」
いつも、私の事を少し馬鹿にしている。
「驚きもするわ。うちの精鋭がアランに出し抜かれたんですもの」
「ええ、まあ確かに、予想外ではありますね」
そう、本来あり得ない事のはずなのだ。
ハミルトン家の兵といえば、このクリスティア王国の中でも指折りの精鋭だ。『賢将』である現当主グスターヴァス・ハミルトンが直々に選りすぐった才人が、最高の環境で鍛錬を積む。その練度は、近衛にすら引けを取らないと自負している。
それがまさか、職業について一週間も経っていないアランが出し抜いてしまうとは。そんな事は、史上最高峰の職業ともいわれる『勇者』を賜ったフローレスですらできはしない。
「もしかしたら、まずい事になったかもしれないわね……」
「お嬢様はアラン様が何をしたかお分かりに?」
「ええ、予想だし、外れているに越した事はないけれど……」
まず、ニンジャという職業について。
これはよく知らないが、諜報用の職業だと聞いている。つまり、ハミルトン家の精鋭を出し抜けるようなスキルは覚えないはずだ。脚力へ補正がかかる可能性もあるが、成り立ての職業で精鋭を振り切るほど足が速くなるようには思えない。
そして、アランについて。
私が知る限り、アランにサバイバル能力などない。多少狩りに覚えがあるかもしれないが、ほぼ丸腰の状態で無権領域の魔物を相手はできないだろう。
そのアランが、一晩を森で過ごして元気に走り回っていたらしい。
考えるべきは、この二つ。
この二つから導き出される、最も悪い予想。
「アランを誰かが手助けしてる」
「……なるほど」
「これはマズいわ。アランの後ろに女の影が見える」
「まあ、確かに女性かもしれませんね」
アランは、うちの兵を見た途端に逃げ出したのだという。
一晩も森の中で過ごして衰弱しているだろうと思っていたが、かなり元気に走って逃げたらしい。
「もしも丸一日も森の中を彷徨っていたら、逃げ出す事なんてできないはずよ」
「そうでしょうね。走る事はおろか、立ち上がるのも困難かもしれません」
「そう! そこで私が手を差し伸べて、改めてちゃんと告白をすれば受けてくれるはずだったの!!」
「結構賢いかと思わせての楽観が酷いですね」
「ど、どこが楽観なのよ。私は命の恩人なのよ!」
「命を助けるって申し出て、なんて言われたのかもうお忘れですか?」
「ぐぐ……!」
お断りだよ、と。確かに言われた。
あの日の夜は枕を涙で濡らしたし、今でも思い出したら鼻の奥がツンとする。
「お嬢様は軽く考えていらっしゃるのかもしれませんが、アラン様の好感度は地を這うレベルでございます。まさしく虫ケラのそれ」
「そのレベル!?」
「普段からコツコツと下げていった好感度が、例の奴隷勧誘でトドメとなりました」
「コツコツって……! いやそもそも奴隷勧誘じゃあないわ!」
「覚えていらっしゃいますか? アラン様にお菓子を振る舞われた時の事。私が作った物があったのに、アラン様にゴミを振る舞われた時の事です」
「それゴミじゃなくて私の手製だわ! 自分で作った物を食べて欲しくて!」
「アラン様が猫を拾った際、私が話の種になると言った時の事は?」
「ちゃ、ちゃんと可愛いわねって言ったわよ! 猫は嫌いだからよく見てなかったけど!」
「それから……」
「も、もういいから!」
アンナが、なんで分からないのかという顔で私を見てくる。これは結構心にくるものがあって、だんだんと耐えられなくなってしまう。
「こ、今度はちゃんとするもん……」
「そもそも、あの時ですらちゃんとした告白のつもりだったのでは? アラン様のお顔を見て、素直に想いを伝えられますか?」
「……アンナ、意地悪だわ」
「いいえ、お嬢様のためを思っての言葉です……ふふ」
「笑ったあ!! お父様に言ってクビにしてもらうんだから!!」
この従者、私の事をからかって遊んでいるわ!