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追放忍者

「私のモノになったら、助けてあげるわ」



 僕——アラン・マクドニスにそう言うのは、幼馴染のフローレス・ハミルトンだ。

 齢十五とは思えないほどの色香を身に纏い、誰もが彼女の美貌に目を奪われる。三カ国語を堪能に扱い、乗馬と剣術の腕前も国内随一だ。その上、彼女は成人の儀で『勇者』の職業(ジョブ)を賜った。


 まさしく才色兼備、頭脳明晰、文武両道、質実剛健。

 彼女を知る全ての人間はそのような評価を下す。彼女こそ国の宝だと、信じて疑わない。


 だが、僕だけは知っている。

 彼女は決して、そんな大層な人間じゃあない。猫をかぶるのが誰よりもうまいというだけの、単なる演技派女優に過ぎないのだ。


 彼女と過ごして十五年の僕が言うんだ、間違いない。彼女の本性は、英雄譚で語られるような勇者とは程遠い。


 だから、僕は彼女に言うのだ。僕には意思があるのだと。なけなしの誇りにかけて、言い放ってやるのだ。



「お断りだよ」



 ◆



 事の始まりは、僕の誕生月だ。


 この国では、貴族は齢十五を迎える月の頭に教会へと足を運ぶ。職業(ジョブ)を得るためだ。それは神から賜る才覚の事であり、それによって人間の向き不向きが決定する。


 今後の人生を左右する、大切な日だ。

 誰もがワクワクと、あるいは恐る恐る教会に訪れていた。


 そして、僕に与えられた職業(ジョブ)は——



『ニンジャ』



 聞いた事もないような職業(ジョブ)だった。


 神父が言うには、遠方の島国の諜報員の事なのだそうだ。



「諜報員だと!? なんという事だ!」



 父上は酷く取り乱した。

 僕の家系は、代々騎士を輩出している。父も祖父も曽祖父も、皆国に忠誠を誓った高名な騎士だった。その伝統を、僕は破ってしまったのだ。


 その上、よりにもよって諜報員。

 それは、貴族とは縁遠い泥臭い職業(ジョブ)だ。


 多くの貴族は、騎士や魔術師のような系統の職業(ジョブ)を上級職、それ以外を職業(ジョブ)を下級職と呼んで見下している。

 百姓、剣奴……つまりニンジャである僕も、そのような差別対象となってしまったのだ。



「恥さらしめがっ!」


「父上……っ!」


「貴様など、もう息子ではない!!」



 取り付く島もないとは、まさにこの事だ。

 僕はこの瞬間に、自らが持つほとんどを失ってしまったのだ。


 愕然とする僕に、父上が情けをかける事はなかった。父上と過ごした十五年間は、何の意味も持っていなかったのだ。



「貴様を追放処分とする! 今日限りをもって、国境(くにざかい)を内に跨ぐ事罷りならん!!」



 職業(ジョブ)など、僕のせいではない。僕が意図して、家名に泥を塗ったわけではないというのに、僕に下されたのは追放処分。実質的な死刑宣告といえる。

 口答えができたらどれほど良かったろうか。軟弱な僕の精神が、父上への反論を許さない。父上の言葉は絶対なのだと十五年の人生が言っている。僕にできるのは、情けなく涙を流す事くらいだ。背中に薄寒い感覚がして、膝が今にも崩れそうになった。



「ぼ、僕は……」


「誰か! その愚物を摘み出せ!」



 父上の声を聞いて、警備が部屋の中へ入ってくる。一瞬状況を把握できなかったようだが、すぐに僕の両腕を抑えた。よく訓練された自慢の兵士達だ。今ばかりはその事が、恨めしくて仕方がない。



「父上!! 待ってください!! 父上!!」



 その言葉に、返事はされなかった。最後に見た父上の目は、震え上がるほどに冷たく、恨みすら感じるほどの憎悪を孕んでいた。


 追放処分を受けた僕が、まさか屋敷の外で放置されるはずもない。当然ここから、国外まで馬車で連れ出される事になる。逃げられないように両手を縛られ、両脇は兵士が抑える。両方よく知った顔だが、そんな事で情けをかけるような練度ではない事は僕が一番知っている。



「ちょっと、どこへ行くの?」


「フローレス様!」



 屋敷を出たところで、ちょうど声がかかった。僕の幼馴染み、フローレス・ハミルトンだった。


 僕の幼馴染みフローレス。実のところ、僕は彼女の事が苦手だった。

 傲慢な態度、しつこい嫌味、繰り返される嫌がらせ。酷く不思議なのは、これらは全部僕にのみ行われるという事だ。自らの才能にかこつけて、彼女はいつも僕を馬鹿にする。

 家柄以外特に目立った所のない僕に対して、才色兼備の彼女。この不釣り合いは僕が一番感じている。しかし、それと我慢ができるかは別だ。



「……はい。旦那様がアラン様を勘当なされたので、追放処分としている所であります!」


「え!? 追放?? アランが? えぇ??」



 フローレスが僕の顔を見る。

 あぁ、この顔だ……散々僕を蔑んでいた顔。彼女にもう会わなくて良いというのなら、追放されるのも悪くないかもしれない。


 そんな、後ろ向きなことを考えてしまう。



「……ねえ、アラン」


「な、なに?」


「助けてあげましょうか?」


「え?」


「私のモノになったら、助けてあげるわ」



 背筋が凍った。

 僕は今まで、フローレスを苦手だと思っていた。いやまさか、とんでもない。僕は彼女を苦手なんかじゃない。全然全く、()()()()()()()()()()


 僕は、彼女を嫌っているのだ。

 蛇蝎(だかつ)の如く、震え上がるほどに。



「お断りだよ」


「え……?」



 断られると思っていなかったらしいフローレスが、目を見開いて口を開く。

 彼女のこんなアホ面初めて見た。ちょっと良い気分だ。



「見損なったよフローレス。君は嫌な奴だけど、悪人じゃあないと思ってた。まさか……まさか、奴隷契約を迫るなんて」


「え?」


「追放されたとはいえ、僕は貴族として育った。多少のプライドくらい持っているよ? いつも僕を馬鹿にしていた君には分からないだろうけどね」


「は、はぁ!? 何よそれ、生意気言って!!」


「君はいつもそれだ。生意気だ生意気だって、僕の事を馬鹿にする。もうゴメンなんだよ。二度と……いいかい? 二度と、顔も見たくない!」



 今までの鬱憤を、全て吐き出した。今までは互いの家の事があるので気を遣っていたが、どうせ僕は追放されたんだ。どれだけ貶そうとも、唾を吐きかけようとも、父上への迷惑なんて考える必要がない。



「な、何よ! アランのクセに!!」



 女の子の涙っていうのは男の弱点だと聞いた事があるが、フローレスが泣いても僕は全く気にならなかった。むしろ気分が良い。体の中に溜まっていた膿みが全部取れたような清々しい気持ちになる。



「おい、早く僕を追放しろ。ハミルトン家のご令嬢にこんな失礼な男を会わせておくんじゃあない」


「い、言うに事欠いて……!」


「ほっとけ、さっさと馬車に乗せるぞ!」



 なんで気分が良いんだ。二度と家に戻れなくとも、故郷に帰れなくとも、僕は全く後悔していなかった。

 もしもフローレスに会わなかったら、こんな気分ではいられなかっただろう。もしかしたら、まだ父上を呼んで泣き喚いていたかもしれない。そういう意味では、フローレスに感謝しなくては。僕の記憶にある限り、たった一つのありがたい事だ。


 馬車は、街を出るとぐんぐん速度を上げる。

 このまま国境まで、最速で進んでいくのだろう。


 凄い。何も悲しくない。

 全然、全く辛くない。

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