85 計画を進めるものたち
ナジャはドーグリスとメイシィの相手を制しながら、口の中に野菜を入れている。
そんな中、ソフィーを見た。
「お姉さまぁ……」
ソフィーは先程からぼーっと私の方を見ている。
これでは話が進まないな。
「ひとまず、私の現状から説明する」
私が目覚めてから今までを、掻い摘んで説明した。ソフィーはある程度知っていたようで、時折頷きながら聞いていた。
「――とまあ、こんな感じだ。話してみればあっという間だがな」
「いえ、大変なご苦労を」
「逃げていただけだ。ソフィーはこの60年間どうして過ごしていた?」
そう告げると、ソフィーは野菜を口いっぱいに頬張って話し出した。
「わたしゅの……しゃとの……もしゃもしゃ」
「わざとだろうソフィー。相変わらずだな、食べてから話してくれ」
あぁ、何だか面倒臭くなってきた。
メイシィが二人いる気分だ。
「ごくん……実は大した事はしていないんですが――」
マグドレーナの崩壊後、ソフィーは一度マグドレーナを訪れたそうだ。そこでキールベスのエルフ達に協力し、落ち着いた頃に元の里へと帰還したらしい。
その後は私やクロルデン、それにマグドレーナの幹部たちがどうなったかを探るため、私の両親らと共に捜索隊を結成し、周囲や城跡を探索した。
だが痕跡は全く見当たらなかった。そして私の両親が黒いエルフに殺された事を切っ掛けに、探索隊は解散したそうだ。
「探索はそれぞれが別々の場所で行っていました。私は何もできないどころか、私達がいる場所はこんなにも危険だったのかとあの時に初めて分かったのです」
そして再び里に戻ったソフィーは、今度はふらふらと旅をし始めた。私を探すと言う名目で、世界を歩いてみたかったそうだ。それから数十年ぶらぶらとグリエッド大陸中を歩き回り、ここカルドレロに辿り着いた。
そしてなんと、賭け事にハマってしまった。
「自分でもやめようと何度も考えました。けれども、気付いたらカードを手に持っているのです。不思議です」
「ソフィー、お前それ依存症じゃないか……」
「適当に生きているんです」
それから何となく稼ぎながら賭け事を続ける日々が続き、ソフィーには『賭博場荒らし』という異名が付いた。勝っても負けても酒場が荒れるから、という意味らしい。
「自由だな、エルフ感がある」
「お姉さまも似たようなものですよ。どうせ虫とか草でも食べてたんでしょう?」
「……いや、そうとは限らない」
「ふふ、お姉さまの話は風の噂で聞いていました。大陸の西にそれらしい風貌のエルフが現れたと。ですが向かおうにも路銀が無く、お姉さま自身も逃げながら移動されているようでしたので、遭遇するのは落ち着いてからと考えていました」
ソフィーの性格を考えると、路銀が無いというのが一番の理由だろう。この従妹はかなり適当な性格をしている。
「ところでお姉さま、何やらお金儲けの匂いがするのですが」
「どんな匂いだ……」
「フレデ、話は終わったかの」
ナジャは待っていてくれたようだ。いつの間にか野菜を食べ終えていた二人も、酒を飲んでまったりと雑談をしていたようだ。
「初対面じゃろう?」
ドーグリスは私を見た。
近くで見ると迫力がある。
身なりは綺麗も、スラム出身とは思えない。
「面のままで失礼する。私はフレデ・フィン・マグドレーナ。エルフの亡国マグドレーナの元王だった」
「よく知っているぞ、白き森の王よ。竜の姫君の使者から詳しい説明は聞いた。俺は他人の領分は犯さねぇ主義だが、マフィアの勝手な振舞いとなりゃあ話は別だ。一時的に協力する」
「助かる」
この男が出す威圧感で空気が張り詰めている。
メイシィはすでに寝ていた。
こいつはいつも1分ぐらいで寝る。
「ただし、俺のスラムに傷跡が残るようなら許さねぇ。たとえ白き森の王の指示でもだ」
「分かった。罪は私が被る」
「ふっふっふ、簡単に言うの」
「今、一番自由なのは私だ。何せ死んでいるからな。あともう一人協力者がいる。そいつも含めて別の場所で話をしよう」
「そうじゃな、儂も会わねばならぬ」
店を出る前に、残っていた根菜を手に取る。
おかしい、野菜しか食べてないぞ。
「ナジャ、虫を食べさせてくれ」
「お姉さま……」
――
ロイヤルブレイガ。ここに宿泊するのは主に王族、もしくはそれに連なる有力者のみ。
そんな古宿の会議室に、ヒタリと白ずくめの男がいた。白髪に白いコートと頭からつま先まで白く、長い顎鬚までもが白い。
この男が、マフィアの長。
その正体は小国群の王族の一人。
「まさか、長が直々にお越しになられるとは」
「王族相手に無礼はできぬ」
枯れた低い声で白い男が返事をする。
「マフィアというのはただの運営団体の呼称。それでも多額の資金が動く。蜜を吸う為だけにいる馬鹿な部下の足切りに都合が良いのはこちらも同じ」
「そう言って頂けると、我々も有難いです」
「我々、か。お前が竜の姫君と組んだ時点で、この国において儂らに勝ち目は無い。白森王などはついでだろう」
「えぇ」
「それでも利用する訳を聞かせよ」
フレデが最初からヒタリを信用していないのと同様に、ヒタリもフレデの事は信用していなかった。あくまで仕事上の仲間という間柄だ。
むしろ、ヒタリは祖国の為にフレデを利用するつもりだった。死んだはずの自分が表に出る事になるため、自分以上に目立つ存在として隠れ蓑が必要なのだ。
「クィンはこれからも戦争を続けます。それには武器が必要です。長、我々と手を組みませんか?」
「なるほど、お前が詐欺師と呼ばれる理由が分かった。儂はお前を信用すると思うか?」
「長が信用しているのは金貨でしょうか」
「麻薬じゃよ。この国の賭博場の金など、それに比べれば大したものではない」
長は懐から小さな布袋を取り出し、机の上に放り投げた。
「武器の提供に協力する。じゃが、それをカラで蔓延させよ」
「……なるほど」
ヒタリはマフィアの資金源を知っていた。
黒森林のとある植物からとれる依存性の高い麻酔薬。それを蒸留して成分を濃くした物がこの黄色い粉末だ。
接種すると数時間快楽に溺れる事が出来るが、次第に肌がただれてくるという恐ろしいものだ。更に一度接種してしまうと、依存性を断ち切るために多額の金で別の薬を買わなければならない。
麻薬の名前はマグドル。
皮肉にも、その名はマグドレーナからもじられていた。
「マグドルは小国群で作っておる」
「存じ上げております。場所までは把握しておりませんが、貴族達の重要な資金源となっているそうで」
その瞬間、マフィアの長が机をドンと叩いた。
気に障る事を言ったかとヒタリは焦る。
「……若造、答えは?」
「乗りましょう。ただし、先にここでの仕事を終えてからです」
「よかろう」
長はマグドルを懐に戻し、会議室から退席していった。
ヒタリは考えていた。
あの長は、小国群では決して表に出て来ない裏社会の長だ。なぜこのような場所に来ているのか。
「とんでもない大物じゃないか」
「――ありゃあ無視出来ないですよヒタリさん」
天井裏から返事が返って来た。
「ドロンズ、長の名前は分かるか?」
「まったく」
「マグドルの製造場所は?」
「まったくです」
「……いやぁ、ははは。こりゃ釘を刺されたね。かなりまずい事になったかい?」
「もういっその事、竜の姫君の軍勢にすがっちゃいましょうか?」
ドロンズの提案は、あながち間違っていない。小国群の裏社会の長とは、それほどまでにまずい人物だった。クィン・カラという内戦ばかりやっている国を、金貨だけで潰せるほどに。
「さてね、白森王陛下に知恵を授かろうかね」
「亡国マグドレーナの王ですか。そんなに凄い人物なんですか?」
「あれは奇才の類さ。何よりも目が離せないぐらいに美人だから有用だね」
「へぇ、そりゃあいい」
楽しそうに返事をするドロンズとは反対に、ヒタリはため息を吐きながら会議室を出た。
そしてフレデの宿へと向かう。
非常に厄介な事になった。
その事実を、彼女に伝えるために。




