84 白森王の従妹
「情報屋界隈には、お主は実は生きているという話も広めておいた。お主を知る者達がネックロンドや討伐組合に文句を言わぬようにな」
「助かる」
私とナジャは変装して夜の歓楽街へと足を運んでいた。私は黒い狐、ナジャは白い猫のお面を被っている。どこか異国情緒の溢れる灯篭が吊り下げられる道は、まさに観光地だ。こに地域ならではの風情がある。
「しかし、こうして並ぶと姉妹みたいじゃの」
「ふふ、それは嬉しい。背格好が一緒だからな」
あばら家の建ち並ぶ細道を抜け、ナジャにこの町で最も良質な食事を出すと言われた酒場へと連れて行かれた。
「酒場とカジノが併設しているのか?」
「この町は、酒場自体がカジノみたいなものじゃ。なに、店主は竜人で大した賭け事もしておらんし、特に騒ぎなども……」
「……ヴオェーッ!! ヴォオェウッ!!! ――あぁっまたこんなにおひねりを! 大道芸人メイシィをよろしくお願いします!」
「いいぞぉ! がっはっは!」
琥珀鳥……。
店の外にいてもその声が聴こえる。
あいつは一体何をしに来たんだ?
「……あまり関わりたい気分では無いのう」
「入ろう、メイシィの余興は見るだけなら暇つぶしになる。面を被っているから向こうも分からないだろう」
「ふっふっふ、つくづく縁がある娘じゃ」
酒場に入る。店内は大きな円形になっており、丸い机がいくつか点在していた。メイシィはその丁度真ん中あたりで机の上に片足を置いて立ち上がっており、身なりの良い大柄な男と腕を組んで飲んでいた。
私たちは一番厨房に近いカウンター席に座り、いくつかの高原野菜を注文した。
「これでも一応、高級な店なんじゃがな」
「ふふ、台無しだな。メイシィの隣にいる大柄な男は、もしかしてスラムの男か?」
「そう。あやつがスラムを仕切っている長で、名をドーグリスと言う」
ドーグリスは楽しそうにメイシィと飲んでいた。メイシィは誰とでも仲良くなるとは感じていたが、本当に人たらしのようだ。
「ああ見えてドーグリスは善人じゃ。今回のお主の計画に最も難色を示すのは奴かもしれぬ」
「どういう事だ?」
「仲間や義がある者に対しては非常に礼儀正しく、謙虚で慎ましいのじゃ。足るを知ると言うのか、自分の立場をよく理解しておる。この生活にこれ以上の物はいらぬという程にな。余程の事が無ければマフィアと政府の領分は犯さぬ人物じゃ。今はメイシィのせいで狂っておるがの、きっと後で店や客に誤りに来るじゃろう」
そして、竜人の配膳係が山盛りの野菜を持ってきた。見た事の無い草花や根菜だ。ナジャはそれを手で掴み、お面の下からモシャモシャと食べている。口からは野菜がはみ出ていて可愛い。
「む、なんじゃ。お主も食べよ」
「いや、こうして姉さんの食べる姿を見て楽しむのもいいかと思っ……むぐっ!」
「この野菜は体に良い。まずお主は食生活の改善からじゃ」
私も同じように野菜を食べる。
2人して馬になった気分だ。
「さてフレデ、この件が終わったらメイシィをプロヴァンスへと送り届けよう。その後に儂に付き合え。それがお主に協力する条件じゃ」
「私は構わないが、メイシィは承諾するかは分からない」
「承諾させよ。それも条件じゃな」
「……骨が折れそうだな。というか運ばれてくるのが野菜ばっかりなんだが、この店に肉や魚は無いのか?」
「とりあえず全部食べてから考えよ」
何だこれは、まるで修行だ。
次々と野菜が運ばれてくる野菜を、黙々と食べ続ける。
「してフレデ、協力者のヒタリとは何者じゃ?」
「奴は……正直に言うと、私もいまいち実態が掴めていない。独自の伝手と権力を保有している、口の達者な詐欺師だ」
「何とも不安な味方じゃな……」
そもそもヒタリの持つ国債は、一個人が持ち出していい物ではない。しかも奴はカルドレロ以外にも保有しているようだった。そして、ヒタリはロイヤルブレイガという王族御用達の宿に宿泊している。
王族、もしくはそれに連なる権力を持つもの。そんな人物がナジャとの伝手だけで私の計画を呑んだのだ。他にも何かを隠しているだろうが、私としては計画が上手くいくなら深く追及する気は無かった。
「儂が信頼しているのはフレデであって、ヒタリでは無いからの」
「……そうだな、もう少し調べておく」
「☆#▲○%×●~!!」
中央の机から、メイシィの何言っているのか分からない声が聴こえてきた。すっかり酩酊しているようだ。
いや、もしかして賭け事の前芝居か?
「フレデ、止めなくてもよいのか?」
「あれが本当に酔っているのか、酔ったフリをしているだけなのかが分からない。メイシィはあの状態で賭け事をすると思う」
「まさか」
「誰か~~! 私とぉカードをやりまぁせんか~~!!?」
「あやつは阿保なのか」
メイシィはべろべろで大きな声を上げた。ここが上等な酒場とは思えない。隣にいたドーグリスはそんなメイシィを持ち上げて囃し立てている。こうして見ると親子みたいだ。
「私が相手をしてくる」
「フレデお主……」
「どこの誰かも知らない賭博士に、出資金を持っていかれてはたまらない」
「……ふっふっふ、それもそうじゃな。さてどっちが勝つかの」
そう思って立ち上がろうとした時だった。
「――わたくしが構って差し上げます」
凛とした声で立ち上がった女性。体はすらりと細く、エルフの刺繍が施された白いローブを着ている。そのフードを取とると、後ろで一つに結ばれた金色の長髪と、長い耳が姿を現した。そして腰には短剣が二振り。
エルフだ。
しかも短剣の鞘には王族の印。
そういえばリゼンベルグに居た時に、エルフの渡世人が賭け事で暴れているとの噂があったな。後ろ姿で顔は見えないが、もしかしてこの声は……。
「……ソフィーか?」
「――――え?」
「よおおおおし! 威勢のいいエルフの姉ちゃん……ってお前は賭博場荒らしじゃねぇか!!」
ソフィーはドーグリスを無視し、私の方に振り返った。
――間違いない。
人目を引くその美しい顔、そして彼女の特徴である小さな眉毛。
懐かしいな。ソフィーは母上の妹の娘で、私の従妹だ。彼女の里はマグドレーナから少し離れた場所にあり、あまり会う頻度は多くなかった。だが会えば付きっきりで遊んでいた記憶がある。
そして真面目で私を慕ってくれるのは嬉しいが、この従妹は少し変わっている。
「お、お姉さまああああ!!」
「ま、待てソフィー! 後だ。先にあの酔っ払いを止めてくれ!」
抱き着きに来たソフィーを両手で抑えて、説得を試みる。
「やる事を済ませてからにしろ!」
「あんな小娘に興味はございません! さぁ早くそのお顔をお見せください!!」
相変わらず無駄に怪力だ!
「あああダメだ! ナジャ!」
「その名を呼ぶでない、まったく」
立ち上がったナジャが、ソフィーをするりと片手で抑え込んだ。
「おいてめぇら。うちのメイシィ嬢を放っておいて何ふざけてやがる……?」
「……あわ……あわわ……!」
ドーグリスは煽っているが、メイシィはナジャに気付いてあわあわとしていた。あの様子だと私にも気付いたな、こうして賭け事をして回っているのを怒られると思っているのだろう。
というか、やはり酔ったフリだったな。
「……ふぅ。この賭博場荒らしに代わって私が相手をしよう。構わないな、メイシィ嬢?」
「ど、ドーグリスさん、あの女はやばいですよ! すぐに脱ぎたがる露出狂です!」
「何だと! 露出狂に用はねぇ、消えな!」
「よぉく分かったメイシィ嬢。後で覚えておけ」
「あわわ……」
「もうよいじゃろう、騒ぎはこれまでじゃ。ドーグリス、お主もこっちに来い」
ソフィーを抑えながら、ナジャは猫の面を外した。
その瞬間、酒場がざわめいた彼女がどんな人物なのかを知っている者が多いのだろう。ドーグリスも驚いている。
「し、失礼しました、竜の姫君!」
「構わぬ」
「メイシィ嬢、お前もこっちだ。一歩歩くごとに一枚ずつ服を脱いで来い」
「へ、変態ですか!!」
「お姉さま、私も!」
「――全員、静かにせよ! 騒動を起こした者はまずここにある野菜を食え。よいな?」
ナジャの一言で、酒場が一瞬にして静かになった。
そして騒がしい者達と共に、黙々と野菜を食べる作業が始まった。




