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83 悪い表情の王女たちの計画


 ナジャが宿にやって来た。

 色々あったせいか、随分と久しぶりのように感じる。


「久しぶりじゃの、フレデ」

「ふふ、まだ数ヵ月だぞ」

「それだけ会いたかったと言う事じゃ。何があったかはグレルスから粗方聞いておる」


 角は見当たらないが、相変わらずその肌と髪は白く輝いている。ナジャはゆっくりとした動作で椅子に腰かけ、ベッドに座っている私を眺めた。


「結論から言おう。お主は死んだ事になった」

「……ありがとう。良かった、これでようやく枕を高くして寝れる」

「討伐組合も懸賞金なんぞ出しておれんからの。ましてあの盗賊国家ネックロンドじゃ。こちらも都合が良かった。上手くやったの」

「私の力だけでは無い。たまたま協力者がいた。そいつと取引をして、このカルドレロで問題を解決する事になった。そのためにはナジャの力が必要になる」

「ふっふっふ、儂に用がある時点で自ずと察しはつく」


 にやりと口角が上がる、悪い笑顔だ。

 釣られて笑ってしまう。


「このカルドレロはそこそこ問題が多くての。お主の見ているものは氷山の一角じゃ」

「そうらしい。この国に深く関わる気はないし、私は協力者の手助けをしたら早々に去る予定だ。長居するとメイシィが破産しそうだからな」

「あやつ、まさかあの金貨を?」

「そうだ。ふふ、まるで王女とは思えない」

「まったく」


 丁度その時、部屋にグレルスが戻って来た。手には荷物の詰まった箱を持っている。


「ようお二人さん、随分と悪い顔をしてるじゃねぇか」


 そう言うと、机の上ににどさりと箱を置いた。


「グレルス、メイシィはどうした?」

「スラムのドンに好かれちまってな。契約の担保と言う名で、暇つぶし相手になってるぜ」

「自由じゃなぁ」


 グレルスの荷物を紐解く。いくつかの食糧とこの町の見取り図と……建物の地図だ。それにこの身分証はメイシィの物か。


「これがロイヤルブレイガの地図だ。それに業物の短剣2本と睡眠薬、名簿……」

「何じゃフレデ、金庫から金貨を盗む気か?」

「いや、真正面から合法的に奪い取る」

「――ふっふっふ。言葉に矛盾を感じるが、使われる側としては実に楽しみじゃ」


 そう言うと、ナジャは葡萄酒を注いだ。


 名簿に目を通す。


 これはグレルスが情報屋の伝手から入手した、カルドレロの内部資料だ。といっても財源の根幹に迫るものではなく、平役人が日常的に処理する書類の一部らしい。


 この国のどこに資金が流れ、どれだけ資金を隠し持っているか。これだけでは分からないが、一つの手札に成り得る。


 あと足りないのは私の防具だけ。

 これはまぁ急ぎでは無い。



「私の計画は単純だ。むしろ計画と呼んでいいのかすらも怪しいが、協力者であるクィンの債権者ヒタリはこれに乗った」


 私も一口葡萄酒を貰う。

 甘い。酸味は少ないが高そうな味だ。


 透明なグラスに入ったワインを眺めながら、2人に説明を続ける。


「やる事は2つだ。まず1つはヒタリの持つ国債を別の形で返済してもらう事。それにはスラムの力を借りる事にした。ナジャ、この国には3種類の派閥があるのは知っているか?」

「国家、スラム、それにカジノを運営する組織、言わばマフィアじゃな」

「そうだ。私は国家を通じてマフィアから未来の金を貰う。一時的にカジノの運営権をスラムに委譲するのだ。その為に、『カジノの一部はスラムがクィン・カラ名義で運営しなければならない』という契約をカルドレロ政府、クィン・カラ、スラムの三者間で結ぶ」

「……ふっふっふ、命知らずじゃの」


 何も難しい話ではなかった。たまたまマフィアを目掛けてじわじわと毒のような金融災害が起きるのだ。もちろん、彼らを掃討するつもりは無い。


「ヒタリの持つ国債をカルドレロに突き付けて、条件を伝える。ナジャはそのやり取りを公正な目で見守る。最も大きな仕事はこれだ」

「カルドレロが簡単に飲むとは思えんが」

「恐らく、適当な理由を付けて先延ばしにしようとするだろう。政府も一枚岩ではなく、マフィアとの繋がりが深いからな。だが相手が内戦中の国家で、大量に武器を保有している国となると中立国のカルドレロはどう考えるか。その辺の政府への根拠と脅し文句をヒタリには頼んである。奴は口の上手い詐欺師だ」

「なるほど。その正当性の裏付けとして、儂が直接目にすると」

「そうだ。なるべく事実に近い物を用意してもらうつもりではいる」


 戦争の引き金になりそうな現場。黒森林の拡張にも繋がりかねないこの事象は、竜の姫君として見過ごす事は無い。彼女がその場に出現する事には違和感は無い。むしろクィン・カラの内戦が一時的に止まる可能性だって秘めていた。


「だが嬢ちゃん、マフィアは損しかしないように聞こえるぜ。この条件をあいつらが呑むとは思えねぇ。楔が必要だ」

「そうだな。それについてはヒタリが政府から首輪を付けれるようなものを把握している。それと楔かどうかは分からないが、一応マフィアにも一儲けしてもらうつもりだ。全額を補給できる訳ではないので気休め程度だが」


 マフィアを押さえておく必要があるのは、計画に混乱を生じさせないためだ。その辺はカルドレロ政府との調整が必要になるだろう。だが最も分かり易いのは、やはり金貨での解決だ。


「武闘大会か?」

「そう、それがもう1つの計画だ。今回の勝負で損が大きい者は、まず政府が消したがっている政府内部の者と、マフィアが消したがっているマフィア内部の者。彼らには賭博を通じて政府とマフィアの犠牲になってもらう。それと恐らく何も知らない賭博者たちも損が大きい。ナジャやボーレンが、まさか何の実績も無い黒エルフもどきに負けるとは思わないだろう」

「八百長して賭博せよ、という事じゃの」

「この八百長が上手くいきそうな理由は、運営元も賭博の仕切りもカルドレロ政府という事だ。今回の私の計画はカルドレロ政府、マフィア、スラムの長達、そして何よりもナジャが呑み込めば成立する」


 そこまで伝えて、もう一杯酒を口に含んだ。先程よりも酸味が強くなっている。しょっぱい珍味が食べたくなる味に変わっていた。


「……あと、私はボーレンが怖い。ナジャの口から私に負けるように伝えてほしいんだが、頼めるか?」

「ふっふっふ、無茶を言うの。あやつの黒エルフ嫌いは相当根が深いぞ」

「そういや、竜の姫君は優勝賞品が何か分かったんですか?」

「金貨5,000枚、もしくは好きな願いを一つだけらしい。好きな願いとは随分と曖昧な事を言うなと告げたら、次回の武闘大会もカルドレロでやりたいがための布石と言っておったな」

「ほお! さすがはカルドレロ、太っ腹だぜ」


 そして、ナジャは何かを思案しているかのように窓の外を眺めた。彼女がここで断ると言えば全ての計画が破綻する。彼女にとっては利益が少ないどころか、私の児戯に付き合う必要も無いのだ。戦争の抑止という事を覗いて。


 私の計画はかなり荒れるだろう。何せ、それぞれの関係者の内部で亀裂を生み出す計画なのだ。『この計画は必ず予定通り実行されるものであり、そしてそれぞれに保有している不穏分子や不良債権を処分する絶好の機会』こう捉えて貰う事こそが、全員の納得を得るための鍵となる。それに真実味を与える存在がナジャなのだ。


 そして計画の立案者である私は表に出る事は無いが、その代わりにヒタリはマフィアから命を狙われる可能性が高い。切っ掛けとなる国債を持つ男引き起こした一連の事件として扱われるからだ。だが奴はそれを覚悟の上で乗った。その背後にはクィンの武力が眠っているとはいえ、この計画に二度目は無いだろう。



 ヒタリは私の命の恩人だ。

 この計画は必ず成功させる。



「……儂の報酬は?」

「ナジャは欲しい物があるのか?」

「ある。少しよからぬ話を聞いてな。黒森林の中心の様子じゃ」

「中心の様子?」


 そう言うとナジャが窓を開いた。彼女の白い髪の毛が高原の風になびいて輝いている。私の黒い髪も昔はこんな感じだったのかと思うと、少しだけ懐かしい。


「ひとまず飲みに行くとするかの。酒と摘みがないと、辛気臭い話は好かん」


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