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82 ご機嫌な一発屋



 2日目の夜。

 この狭い宿の部屋にいるのは、グレルスと私だけ。


 私たちの間に、男女の夜は存在しない。

 あるのは、困った相棒がやらかした騒動の後始末だけ。


 いや、やらかしたのは私かも。



「――それで言ってやったんだ。酔っぱらう振りをしてポーカーをすればいいんだと」

「そうか。何でそんな方法を教えた?」

「……治安がいいなら大丈夫かと思って」

「いくら治安が良くても、そりゃ駄目だろうぜ……」


 私が昼食を食べ終えた頃、メイシィは歓楽街の賭博場の一つに乗り込んだ。傍目から見れば、メイシィはご機嫌だったらしい。フラフラと、まるで酔っているようだと。


 私の指示に忠実に従ったメイシィは、そうして賭博場を転々としながら賭け事に勝ち続けた。いや、勝ち過ぎたのだ。


 大勝ちするメイシィは賭博場を運営するスラムのドンの目に留まり、ひと悶着を起こしてそのまま連れ去られていったそうだ。


 あのメイシィが騒ぐのは想像に難くない。その騒動はグレルスの耳に届いたが、グレルスが駆け付けた時には既に事が終わっていた。



「どうすんだよ、嬢ちゃん」

「命の危険はあるか?」

「……不幸中の幸いだな。連れ去ったのがマフィアなら危なかったが、スラムの人間なら大丈夫だ。奴らはある種の自警団みてぇなもんでな、この国の警備隊よりかは信用できる。保護されて説教を受けてるはずだぜ」


 良かった。


「しかし、助けに行くなら早い方がいいか。今から行こう」

「待て、くっくっく。ここは俺に任せてくれねぇか?」

「……悪い顔をしているぞ、グレルス」


 メイシィを利用するつもりか。


「まぁ嬢ちゃんは大人しく準備していてくれ。竜の姫君は明後日ここに顔を出すそうだからな」

「ナジャ様か。連絡がついたんだな」

「あぁ」

「分かった、暫く大人しくしていよう。……あぁ、一つ頼みたい事がある。メイシィから身分証を取り上げておいてくれ、賭け事に参加できないようにな。それと、グレルスにも協力してもらいたい事がある」

「協力?」

「あぁ。どうやら武闘大会の運営は、出場者と賭博者に目を瞑ってくれるらしい」


 そして、考えていた計画をグレルスに告げた。


 ヒタリの目的と私たちの目的を達成するために、グレルスとナジャには動いてもらわなければならない。当然、それなりの見返りを用意して。ナジャを利用する形になってしまうが、彼女にとっても厄介事の処理なので仕事と言える。


 やる事は単純だが、相手を騙しきれる胆力が必要だ。グレルスはその手の仕事に向いている。


「……くっくっく、了解だ。嬢ちゃんこそ、この国のマフィアに向いているな。たまに元女王だとは思えない時があるぜ」


 私のやり方は汚いからな。

 だが、それ以上に汚い者の巣窟に突入するのだ。蛇の道は蛇にならなければ通れない。



「私は結果に重きを置く。勝てばいいのだ」



――



 グレルスは噂を辿り、スラムへとやって来た。


 何人かの情報屋に聞いた話は、どれも同じだった。酔っ払っている割にやたらポーカーに強いごきげんな一発屋がいるんだ、と。


 ごきげんな一発屋。

 この言葉はメイシィにぴったりだと感じていた。


 そして、ここは歓楽街の裏通り。


 町からは治安がいいと称されており、スラムなどとは呼ばれていない地域だが、その内情はスラムそのものだった。そんなスラムの一角にやって来たグレルスは、薄汚れた酒場の手前に立っている男に話しかけた。


「ごきげんな一発屋がここに監禁されていると聞いた。俺はそいつの連れでね、すまないが、少し話をさせてもらう事はできないか?」

「……誰だてめぇは?」

「グレルスと言う」


 グレルスはそう言うと、金貨を1枚手渡した。


「……てめぇといい一発屋といい、随分と羽振りがいいじゃねぇか。着いて来い」


 そうして、酒場の中へと入る。


 この国のスラムにはたった一人の親玉がいる。この酒場はそのドンの仕事場で、客も全て部下。そんな情報をグレルスは聞いていた。


 奥へと案内され、聞きなれた声が耳に入る。


「……私、読唇術が使えるんですよ」

「ほう、じゃあ奴ぁなんと言っている?」

「あの、ころしやとの、おままごと、たのしかった」

「ふざけんじゃねぇ!」


 扉の向こうから、大きな叫び声が響く。


「……ボス、一発屋の引受人を連れてきやした」

「通せ!」


 グレルスが部屋に入る。

 狭い部屋だが、金細工の上等な内装だ。


 メイシィはスラムのドンに密着しながら、双眼鏡を覗いていた。グレルスに気が付き、ドンから離れた。


「グレルスさん! すみません、やってしまいました!」

「知ってるよ嬢ちゃん……初めまして、ドーグリス様。そいつの引受人のグレルスと申します」

「……竜の姫君の子飼いの情報屋だな。あの姫がこんな娘をけしかけてカジノを荒らすとは、どんな了見なのかを教えてくれるか?」

「まずは謝罪を。この度は大変申し訳ありませんでした。その娘はご存じの通りリゼンベルグの王女です。そして背後には竜の姫君と白森王がおります」


 グレルスは商人の顔でドーグリスと向き合う。礼儀を何よりも重視するというこのスラムのドンの興味を引かなければ、話が進まないのだ。


「らしくないですねグレルスさん!」

「……この通り、この王女は礼儀がありません。そのため今回のような事件を起こしてしまいました」

「……続けろ」

「ドーグリス様。今回の武闘大会の賭博に関しての取引をご用意しております。人払いをお願いできますか?」


 グレルスは更に金貨を1枚渡した。ドーグリスは顎で部下たちを下げ、部屋には幹部一人を残した。


「話せ」

「白森王とクィンの王族、それに竜の姫君と組みませんか?」

「おい、竜の姫君は不可侵じゃねぇのか?」

「不可侵ではない問題を、クィンの王族がこの国に持ち込みました」


 グレルスがそう告げると、ドーグリスは何かを考え出した。


「……てめぇらの最終目的地を教えろ」


 グレルスは、ここぞという時の顔をして言い放った。



「カジノの運営権を奪い取りませんか?」


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