81 武闘大会の謀
「嬢ちゃんいらっしゃい、焼き芋はどうだい?」
「こっちにゃ珍しい高原の果実だよ!」
高原の空気が美味しい。
宿から出た私を待っていたのは、とても賑やかな高原の朝市。美味しそうな野菜や果物、それに朝食を出す屋台がひしめき合っている。
ここは町の中央からやや西にある商店街の一角。日が昇ったばかりだというのに、様々な匂いと声がこの朝市を作り出していた。
そして、町の間を通り抜ける乾いた風も清々しい。ここが歓楽都市とは思えない程である。逆にわざとそんな清潔感を出して、印象を良くしているのかもしれない。
雑多に並んだ店をぐるりと一通りし、剣やお面など必要な物を買い揃える。
そして買ったばかりの狐の面で変装し、襟巻を首に巻き、フードで耳と髪の毛を隠す。この姿、自分でも不気味だと思う。
「さて次は……」
討伐組合へとやってきた。
カルドレロの討伐組合は小さかった。
道中感じた事だが、この周辺には魔獣が滅多に現れないそうだ。周囲が高い山々に囲まれている事、それらの山がハゲ山ばかりな事が主な理由らしい。たまにしか現れない鳥型の魔獣は、貴族たちのご馳走になるほど珍しいという。
「すまない、掲示板はどこにある?」
「お早うございます。あちらに」
受付嬢に指示された掲示板には……何も無い。
「何も依頼は来ていないのか?」
「今日は無いですね」
「例のその、黒いエルフの依頼は?」
「黒いエルフ……あぁフレデチャンですか。こちらにありますけど、請ける物ではないですよ?」
受付嬢が引き出しから私の手配書を取り出した。
……条件は変わっていないか。
まぁそもそも最速でカルドレロに来たのだ。
「そうか、ありがとう」
「どういたしまして」
暫くしてこれが取り下げられるかどうか。
様子見だな。
討伐組合を出て、今度は町の中心へと向かう。
中心にあるのは、遠目からでもその様子が分かるような大きな議事堂だ。周囲の建物の中でもひときわ高く、古めかしい。そして、その向こうにある派手な門が歓楽街の入り口である。
その門をくぐった先は、まるで艶やかなお祭りだった。
派手な建物に派手な人。昼から硬貨がちゃりちゃりと鳴り、酒場の外では朝から飲んだくれて倒れている男もいる。よく見ると、その服装は全く貧相ではない。むしろ豪華な服装だ。なのに道行く人々は誰も剥ごうとはせず、そこにいるのが当然の出来事であるかように素通りしている。
これは……治安がいいと言えるのか?
その男に声をかけた。
「あの、ロイヤルブレイガとはどこにある?」
「あぁん……? あんた王族にゃ見えねぇな……あぁ武闘大会か。あれだよあれ、あそこの緋色の丸い柱の建物だよ。……ひっく……そこの地下でやんだよ……」
「ありがとう。こんな所で寝ると風邪ひくぞ。おい……」
そのままいびきを立てて寝始めた。
……まぁいいか。
男に指示された場所へと向かう。
近付くに連れて、往来の人の数も増えてきた。
近付いて分かったが、3階建て程の円柱の建物の隣には、重厚な防壁に囲まれた古城があった。さっきの男は王族と言っていたが、こちらがロイヤルブレイガの宿になるのだろう。ヒタリ……お前は王族なのか?
緋色の建物の中に入る。
「うわ……」
人がごった返している。
そして、妙に蒸し暑い。
多くが出場者だろうか、各所に置かれたテーブルには、いかにも俺は強いぞといった屈強な男たちが、声を上げてお互いの自慢話をしていた。彼らの装備は野盗のような雑な物ではなく、どこかの親衛隊かと言うほどに揃っていた。
テーブルの向こうは出場者の受付があり、その左右に列を成しているのは掛けの窓口だろう。その背後に酒棚が設置してある所を見ると、普段は酒場なのだろう。
少し聞き耳を立てる。
「――って事でさぁ、分け前は1でいいぜ」
「地方の兵士じゃ無理だ」
「いやいや待てって、こう見えても戦争帰りでさ。何なら、魔獣も何体か倒してるからよぉ――」
……なるほど。
出場者たちが自分にかけろと勧誘している。あえて堂々とそんな発言をしているのはどういう意図だ。運営側も目を瞑っているようだ。
そんな雑踏を縫うように通り抜け、受付嬢に話しかける。
「出場希望なんだが、まだ間に合うか?」
「はい。身分証はありますか?」
ラガラゴに作ってもらった、14歳の身分証を渡す。
「……出場には金貨1枚が必要なんですよ?」
「持ってきた」
「大会の説明は必要ですか?」
「頼む」
「……はぁ、分かりました」
この受付嬢、凄く嫌そうだ。
14歳だし、冷やかしだと思っているのだろうな。
受付嬢は、渋々話し始めた。
「3年に一度開かれるこの大会は、出場者に何ら制限はございません。武器は木剣と木盾のみ、防具は自由ですのでご持参下さい。全ての試合が賭けの対象です。過去の実績によってレートが決まります。まず予選ですが、出場者は無作為に3試合を組まれ、そのうち2勝すれば勝ち抜けです。勝敗は単純で、殺すか降参させれば勝ちです」
殺すか降参。
さらっと言ったが、血生臭いな。
「出場者は最終的に8人になるまで絞られ、決勝トーナメントに移ります。前回優勝者のアダム、前々回優勝者のボーレンは既にトーナメント出場が確定していますから、予選はございません。つまり、予選を抜けるのは6人という事です」
ん……ボーレン?
ボーレン!?
「ボーレンって、あの光る大男か?」
「黒エルフ殺しの英雄ボーレン・フクスです。彼は手堅い賭けの対象として人気ですよ。負けるとすれば酔っている時ぐらいですから。あぁ、一つ言い忘れていました。出場者は賭けに参加できませんのでご注意を」
……駄目だ。
駄目な気がしてきた。
私と戦うことになったら、奴は本気で殺しに来る。
「あと出場者と賭博者で結託が発覚すれば即敗退となり、次回以降の出場は停止となります。よろしいですね?」
「……後ろのテーブルで話し込んでいる奴らは出場者だろう。奴等、賭けで自分たちに賭けろと話を持ち掛けているんじゃないか?」
「はて、何の仰っているのでしょうか? 他に質問が無ければお引き取り願えますか?」
「……なるほど、そういう大会か。質問は無い」
「そうですか、ではご武運を」
出場者証明書を受け取り、外へと向かう。
――この大会は、出場者と運営と賭博者の全員がグルだ。
最も得をするのは、胴元のカルドレロ。
損をするのは何も知らない参加者と賭博者。
運営が対戦相手を決めるなら、やりたい放題じゃないか。
それに受付嬢が言っていた『防具はご持参下さい』の一言。木剣で鋼の鎧を貫く事は不可能だ。必然的に金持ちの傭兵が勝利を得る事になる。
私に勝ち目はなさそうだ。
一旦戻って、過去の大会記録を漁るか。
「……ろくでもない大会だ」
外にでた。
そこに、高原の清々しさは無かった。
時刻は既に昼。
気分を変えるために食事だ。
――
「いらっしゃぁい、何にするかぁい?」
「羊の胆汁と腸詰、あと顔の丸焼き。骨酒と生肉も」
ふふ……ついにやって来た。
ここは世界の料理番付第9位『羊の胆汁』。
羊の爪、羊のミルク、羊の毛の炒め物。
ここには羊料理しか無い。たまらないゲテモノの匂いだ。
「ほぉい、どうぞ」
「ありがとう! 感動するほどに臭いな!!」
「あ、あぁ。大げさだねぇ……」
食べる前から泣きそうだ。
旅でも牢屋でも我慢したんだ、私は不味いものを腹一杯食べるんだ。
「フレデさぁん……」
「うわっ!!」
いつの間にメイシィが!
「お前……よく私が分かったな」
「可愛いお面ですけど、ローブは一緒じゃないですか。変な物食べてますし。それよりフレデさん、聞いてくださいよぉ……!」
「聞かなくても分かる。いくら負けたんだ?」
「うぅ……25枚」
「冗談だろう、まだ2日目の昼だぞ。しかも種船は出資金となると最悪じゃないか」
「まだあります。200枚あります! ちょっと取ってきます!!」
「やめろ! ……仕方ないな、お前にしかできないコツを教えてやる。いいか、対人の賭け事は相手の裏をかく事が大事だ。演技達者のメイシィなら、これをこうしてこうやって……」
「ふむふむ……」
クロルデンがよくやっていた、とても汚い方法だ。
「なるほど……! フレデさん、貴女も悪いですねぇ……ふふ」
メイシィはそう言い残して、意気揚々と去って行った。
そしてその夜、メイシィは宿に戻って来なかった。




