表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/90

79 山を登り続ける荷馬車



 ――――ん。


 ……目の上が痛む。

 頭痛だ。


「っぐ……!!」


 規則的な揺れに合わせて、ずんずんと頭が痛い。


「……フレデさん! 大丈夫ですか!?」


 目を開く。

 ぼやけた視界の先に、メイシィがいた。


 その奥には御者が見える。狭い席に男2人が引っ付いて座っていた。


「頭が……痛い」


 鎮痛剤は無い。


「グレルスさん、フレデさんが目を覚ましました!」

「おぉ! 良かったな、やっとか!」


 声がぎんぎんと響く。

 やっとという事は、また暫く眠っていたようだ。


「グレルス君、もう少し先に山小屋があるからそこで一旦休憩を取ろう」


 声の主はヒタリだ。

 御者姿が様になっている。そして、猫のお面を被っているようだ。ヒタリも私と同じで、命の危険に晒されながら生きている。


「……ヒタリ、すまないな」

「謝罪は後だよ。小屋まではまだ距離があるから、怒られてもいいように体調を整えておいてね」


 その言葉に甘えさせてもらおう。

 もう一度、布団に横になった。



 ……布団?


 疑問に思って、荷馬車の中を見渡す。


 4つある木箱の上に大きな布団が一つ。そこでメイシィと寝転がっている。荷馬車というか、まるで移動するベッドだ。


「随分と快適だ」

「これいいですよねぇ。私も寝ましょうかねぇ……」

「……メイシィ、寝る前に教えてくれ。私はどれぐらい気を失っていた?」

「ネックロンドを抜けてから今日で5日です。またひと月ぐらい寝るのかと思いましたよ!」

「それは……心配をかけた」

「いえいえ、正直に言うと誰も心配していませんでしたよ! ふふ、私たちもフレデさんの突拍子の無い行動に慣れてきましたね!」


 それはそれでちょっと悲しい。



 暫くすると、荷馬車が平地らしき場所で止まった。傾斜から考えるに、山を登り続けていたようだ。グレルス達が下車し、火を起こし始めた。いい匂いがしてきたところで、メイシィが食事を運んできてくれた。


「フレデさん、ご飯は食べれますか?」

「……ぐぅ~」

「はい、どうぞ!」


 荷馬車に乗ったまま、暖かいスープを頂く。一口飲むたびに体の中が温まり、何だか安心する。


 周囲は静かで、どうやら私たちしかいないようだ。荷馬車の外では、3人が焚火を囲んで夕食を食べている声が聞こえる。食べ終えた食器を持って、彼らの元へと近づく。


 夜風が気持ちいい。


 目の前には山小屋があり、外には木でできた椅子と机、それに水場が設置されていた。周りに高い木々は無く、背の低い高山植物が多く群生している。かなり標高の高い場所の様だ。


「おや? 体調はどうだい?」

「頭痛は落ち着いてきた。だが、怒られると呪いが発動する」

「その脅しはもう無駄だよ!」


 もぐもぐと食べるメイシィの隣に座る。


「……すみませんでした」


 ヒタリに頭を下げる。


「はぁ……次は無いからね。君の安易な決断が、より被害を大きくする事だってあるんだよ」

「うわぁ! フレデさんのこんな情けない姿は滅多にないですよ! グレルスさん、目に焼き付けましょう!」

「嬢ちゃんは本当に元気だなぁ……」


 そうメイシィを見つめるグレルスの目は、ペットか何かを見るような目だ。諦めを通り越して、動物のような感覚になっているのかもしれない。



 ヒタリは、あの後ネックロンドで何があったかを説明してくれた。


 見張りの首が切り落とされようとしたその時、私が呼んだ根によって、あの巨大な断首台が横に倒れた。それによって、最高潮だった広場は騒然となる。だが、ある一人の情報屋が大きな声で叫んだ。


『死んだ黒エルフの呪いだあぁ!!』


 その一言で広場は大混乱となった。どこからともなく大量のハトが広場上空に舞い踊り、人々はその場から逃げるように去って行った。その混乱に乗じて、グレルスたちは人混みを避けながらネックロンドを抜け出した。


 幸いにも、その騒動で被害者は出なかったそうだ。見張りは呪われた男として誰も手を付けられなり、そのままネックロンドを追放され、近くの町で偽の身分証を発行してクィンに移住するという。


「その情報屋に助けられたな」

「ドロンズさんですね、グレルスさんの手下ですよ」

「手下ではねぇよ、同僚だ。あいつはどこまで状況を把握していたのか分からねぇが……どうも腑に落ちねぇ。あいつがそんな事叫ぶ必要があったのか」

「もし私が生きていると気付いたとしても、助け舟を出す理由が分からない、か」

「あぁ。まぁ今度手紙でも出してみるぜ」


 グレルスの同僚なら、悪い奴ではないと信じたい。


「それで、ネックロンドはどうなったんだ?」

「さぁねぇ。小国群を逃げるように抜けてきたから、僕たちも詳しい情報を掴めていないんだよね。一つも町に寄らずに、迂回しながらカルドレロに向かってるんだよ」

「この馬車、とにかく危ねぇからな。もう目付けられてんだよ」


 とことん迷惑をかけていたようだ。


 その時、目の前に小さなカエルが飛んできた。私は反射的にそのカエルを捕らえ、近くの木の枝に差して火で炙った。

 それをヒタリに渡す。


「ヒタリ、これはお礼だ」

「……新手の嫌がらせかな?」

「カエルって鶏肉みたいで美味しいんだぞ。それにお前は詐欺師だろう? 自分を騙して食え」

「それは暗示と言うんだよ?」


 食わず嫌いばっかりだ。


 代わりにぱくりと丸かじりする。久しぶりのカエルは、とても懐かしい味がした。



――



 翌日。

 山道をゆっくりと馬車が進む。


 頭痛もようやく治まり、普段通りに動ける余裕が出てきた。

 少し濡れた荷馬車の屋根に上り、風の匂いを嗅ぐ。今日は小雨のようだ。山の上の天気は変わりやすく、時折、雲の間から日差しが顔を出している。


 私たちの進む道は、美しい高原地帯と言っていいだろう。なだらかな緑の裾野を整備された道が走っている。すれ違う馬車の数も次第に増えてきて、町に近付いている事を感じさせる。予定では今日カルドレロに到着するらしい。


「この馬車、何だか人間のやる気を奪いますねぇ」


 メイシィはずっと布団でだらけていた。


「エルフのやる気も奪うぞ」

「だったら運転を変わってくれねぇか?」

「馬は怖いんだ。心に傷跡があってな」

「そりゃ嘘だろ……」


 馬と相性が悪いのは本当だ。一度馬に跨った事があったが、全く乗りこなせなかった。


「しかし、武闘大会の優勝賞品の『夢』って何なんでしょうね! 夢のような大金でしょうか?」

「それは無ぇと思うな。可能な範囲で優勝者の夢を叶えてやる、と言った所だろ」


 グレルスの言う通りだろうな。普通に大金をばら撒くよりは面白い賞品だ。少なくとも、話題性で客を引き寄せる事には成功している。


「夢かぁ。僕は年下のママがほしいね!」

「ヒタリさん、それはヤバいですよ……」

「凄い言葉だな、年下のママ」

「何でさ!? 夢だからいいだろう!?」


 私もヤバい物を食べたいから、ヒタリの事を強く言えない。

 趣向は人それぞれなのだ。


「しかし、ずーっと絶景ですねぇ。馬車に布団に絶景という贅沢な旅をしているはずなのに、何だか逆に心が荒んできましたよ!」

「嬢ちゃんは心が淀んでるからな、綺麗なものが毒なんだろ」

「酷いですねグレルスさん! 単純に暇なんですよ!!」

「……じゃあこんな謎解きはどうだい?」


 そう言うと、ヒタリはまた問題を出した。



【金貨の裏表】


 机の上に、金貨が沢山置かれている。

 金貨は5枚だけが表になっており、残りはすべて裏が上を向いた状態だ。


 君は目隠しをした状態で、この金貨を2つの班に分ける。

 ただし、2つの班は互いに『表になっている金貨の枚数』が同じにならなければいけない。



「さぁ、どうすれば上手くいくかな?」

「お、カルドレロが見えてきたぜ」

「えぇ!? 謎解いてよ!」


 荷馬車が下りに差し掛かった時、視界に大きな盆地が広がった。

 荘厳な山々に美しい高山植物。そんな絶景に似つかわしくないような武骨な建物が、その盆地にひしめき合っている。それぞれの建物は高く、山々の風景から浮いている。


 だが、広い。盆地の先が薄っすらとしか見えない程に広かった。


 歓楽都市カルドレロ。

 思っていた以上に、大きな国のようだ。



「むむ……ヒタリさん分かりました! 触った感触で、金貨の裏表を確かめるんです!」

「あぁ、それはズルだから駄目」

「えぇー!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ