79 山を登り続ける荷馬車
――――ん。
……目の上が痛む。
頭痛だ。
「っぐ……!!」
規則的な揺れに合わせて、ずんずんと頭が痛い。
「……フレデさん! 大丈夫ですか!?」
目を開く。
ぼやけた視界の先に、メイシィがいた。
その奥には御者が見える。狭い席に男2人が引っ付いて座っていた。
「頭が……痛い」
鎮痛剤は無い。
「グレルスさん、フレデさんが目を覚ましました!」
「おぉ! 良かったな、やっとか!」
声がぎんぎんと響く。
やっとという事は、また暫く眠っていたようだ。
「グレルス君、もう少し先に山小屋があるからそこで一旦休憩を取ろう」
声の主はヒタリだ。
御者姿が様になっている。そして、猫のお面を被っているようだ。ヒタリも私と同じで、命の危険に晒されながら生きている。
「……ヒタリ、すまないな」
「謝罪は後だよ。小屋まではまだ距離があるから、怒られてもいいように体調を整えておいてね」
その言葉に甘えさせてもらおう。
もう一度、布団に横になった。
……布団?
疑問に思って、荷馬車の中を見渡す。
4つある木箱の上に大きな布団が一つ。そこでメイシィと寝転がっている。荷馬車というか、まるで移動するベッドだ。
「随分と快適だ」
「これいいですよねぇ。私も寝ましょうかねぇ……」
「……メイシィ、寝る前に教えてくれ。私はどれぐらい気を失っていた?」
「ネックロンドを抜けてから今日で5日です。またひと月ぐらい寝るのかと思いましたよ!」
「それは……心配をかけた」
「いえいえ、正直に言うと誰も心配していませんでしたよ! ふふ、私たちもフレデさんの突拍子の無い行動に慣れてきましたね!」
それはそれでちょっと悲しい。
暫くすると、荷馬車が平地らしき場所で止まった。傾斜から考えるに、山を登り続けていたようだ。グレルス達が下車し、火を起こし始めた。いい匂いがしてきたところで、メイシィが食事を運んできてくれた。
「フレデさん、ご飯は食べれますか?」
「……ぐぅ~」
「はい、どうぞ!」
荷馬車に乗ったまま、暖かいスープを頂く。一口飲むたびに体の中が温まり、何だか安心する。
周囲は静かで、どうやら私たちしかいないようだ。荷馬車の外では、3人が焚火を囲んで夕食を食べている声が聞こえる。食べ終えた食器を持って、彼らの元へと近づく。
夜風が気持ちいい。
目の前には山小屋があり、外には木でできた椅子と机、それに水場が設置されていた。周りに高い木々は無く、背の低い高山植物が多く群生している。かなり標高の高い場所の様だ。
「おや? 体調はどうだい?」
「頭痛は落ち着いてきた。だが、怒られると呪いが発動する」
「その脅しはもう無駄だよ!」
もぐもぐと食べるメイシィの隣に座る。
「……すみませんでした」
ヒタリに頭を下げる。
「はぁ……次は無いからね。君の安易な決断が、より被害を大きくする事だってあるんだよ」
「うわぁ! フレデさんのこんな情けない姿は滅多にないですよ! グレルスさん、目に焼き付けましょう!」
「嬢ちゃんは本当に元気だなぁ……」
そうメイシィを見つめるグレルスの目は、ペットか何かを見るような目だ。諦めを通り越して、動物のような感覚になっているのかもしれない。
ヒタリは、あの後ネックロンドで何があったかを説明してくれた。
見張りの首が切り落とされようとしたその時、私が呼んだ根によって、あの巨大な断首台が横に倒れた。それによって、最高潮だった広場は騒然となる。だが、ある一人の情報屋が大きな声で叫んだ。
『死んだ黒エルフの呪いだあぁ!!』
その一言で広場は大混乱となった。どこからともなく大量のハトが広場上空に舞い踊り、人々はその場から逃げるように去って行った。その混乱に乗じて、グレルスたちは人混みを避けながらネックロンドを抜け出した。
幸いにも、その騒動で被害者は出なかったそうだ。見張りは呪われた男として誰も手を付けられなり、そのままネックロンドを追放され、近くの町で偽の身分証を発行してクィンに移住するという。
「その情報屋に助けられたな」
「ドロンズさんですね、グレルスさんの手下ですよ」
「手下ではねぇよ、同僚だ。あいつはどこまで状況を把握していたのか分からねぇが……どうも腑に落ちねぇ。あいつがそんな事叫ぶ必要があったのか」
「もし私が生きていると気付いたとしても、助け舟を出す理由が分からない、か」
「あぁ。まぁ今度手紙でも出してみるぜ」
グレルスの同僚なら、悪い奴ではないと信じたい。
「それで、ネックロンドはどうなったんだ?」
「さぁねぇ。小国群を逃げるように抜けてきたから、僕たちも詳しい情報を掴めていないんだよね。一つも町に寄らずに、迂回しながらカルドレロに向かってるんだよ」
「この馬車、とにかく危ねぇからな。もう目付けられてんだよ」
とことん迷惑をかけていたようだ。
その時、目の前に小さなカエルが飛んできた。私は反射的にそのカエルを捕らえ、近くの木の枝に差して火で炙った。
それをヒタリに渡す。
「ヒタリ、これはお礼だ」
「……新手の嫌がらせかな?」
「カエルって鶏肉みたいで美味しいんだぞ。それにお前は詐欺師だろう? 自分を騙して食え」
「それは暗示と言うんだよ?」
食わず嫌いばっかりだ。
代わりにぱくりと丸かじりする。久しぶりのカエルは、とても懐かしい味がした。
――
翌日。
山道をゆっくりと馬車が進む。
頭痛もようやく治まり、普段通りに動ける余裕が出てきた。
少し濡れた荷馬車の屋根に上り、風の匂いを嗅ぐ。今日は小雨のようだ。山の上の天気は変わりやすく、時折、雲の間から日差しが顔を出している。
私たちの進む道は、美しい高原地帯と言っていいだろう。なだらかな緑の裾野を整備された道が走っている。すれ違う馬車の数も次第に増えてきて、町に近付いている事を感じさせる。予定では今日カルドレロに到着するらしい。
「この馬車、何だか人間のやる気を奪いますねぇ」
メイシィはずっと布団でだらけていた。
「エルフのやる気も奪うぞ」
「だったら運転を変わってくれねぇか?」
「馬は怖いんだ。心に傷跡があってな」
「そりゃ嘘だろ……」
馬と相性が悪いのは本当だ。一度馬に跨った事があったが、全く乗りこなせなかった。
「しかし、武闘大会の優勝賞品の『夢』って何なんでしょうね! 夢のような大金でしょうか?」
「それは無ぇと思うな。可能な範囲で優勝者の夢を叶えてやる、と言った所だろ」
グレルスの言う通りだろうな。普通に大金をばら撒くよりは面白い賞品だ。少なくとも、話題性で客を引き寄せる事には成功している。
「夢かぁ。僕は年下のママがほしいね!」
「ヒタリさん、それはヤバいですよ……」
「凄い言葉だな、年下のママ」
「何でさ!? 夢だからいいだろう!?」
私もヤバい物を食べたいから、ヒタリの事を強く言えない。
趣向は人それぞれなのだ。
「しかし、ずーっと絶景ですねぇ。馬車に布団に絶景という贅沢な旅をしているはずなのに、何だか逆に心が荒んできましたよ!」
「嬢ちゃんは心が淀んでるからな、綺麗なものが毒なんだろ」
「酷いですねグレルスさん! 単純に暇なんですよ!!」
「……じゃあこんな謎解きはどうだい?」
そう言うと、ヒタリはまた問題を出した。
【金貨の裏表】
机の上に、金貨が沢山置かれている。
金貨は5枚だけが表になっており、残りはすべて裏が上を向いた状態だ。
君は目隠しをした状態で、この金貨を2つの班に分ける。
ただし、2つの班は互いに『表になっている金貨の枚数』が同じにならなければいけない。
「さぁ、どうすれば上手くいくかな?」
「お、カルドレロが見えてきたぜ」
「えぇ!? 謎解いてよ!」
荷馬車が下りに差し掛かった時、視界に大きな盆地が広がった。
荘厳な山々に美しい高山植物。そんな絶景に似つかわしくないような武骨な建物が、その盆地にひしめき合っている。それぞれの建物は高く、山々の風景から浮いている。
だが、広い。盆地の先が薄っすらとしか見えない程に広かった。
歓楽都市カルドレロ。
思っていた以上に、大きな国のようだ。
「むむ……ヒタリさん分かりました! 触った感触で、金貨の裏表を確かめるんです!」
「あぁ、それはズルだから駄目」
「えぇー!!」




